野口 悠紀雄さんコラム - 第1回
なぜ円安になるのか?
3月から急激な円安が進んだのはなぜか?
2022年のはじめに1ドル=115円程度であったドル円レートが、3月ごろから急激に円安となり、10月中ごろには、一時150円台となった。
これは、アメリカFRB(連邦準備制度理事会)が金利を引き上げる一方で、日本銀行が金利を抑えているからだ。
コロナからの回復に伴って、アメリカでは2020年ごろから賃金が顕著に上昇した。これによって物価が高騰し、原油価格をはじめとする資源価格が上昇するという問題が生じた。
経済の過熱による物価高騰を抑えるために、FRBは、2022年の3月から政策金利の引き上げを開始した。
これに対して、日本銀行は長期金利を抑えている。これは、「イールドカーブコントロール」(YCC)と言われる政策で、10年国債の利回りの上限を0.25%とし、それを超えると日銀が買いオペを実施しているのだ。
このため、日米間の金利差が拡大し、それによって円安が進んだ。
日銀の金利抑制策が円安を加速させる理由
では、なぜ金利差が拡大すると円安になるのか?これについて説明しよう。
かつては、為替レートは経常収支によって決まるとされていた。経常収支が赤字になると、その支払いのためにドルが必要になる。したがって円を売ってドルを調達しなければならず、円安になるということだ。これは、貿易という実需によって換算レートが決まるとする考えだ。
ところが現在の世界では、資本の国際間移動が自由化されており、これによる資金移動は、貿易という実需によるものより、はるかに大きくなっている。このため、つぎのようなメカニズムで、金利差が為替レートの決定要因になっているのだ。
日本の金利がアメリカより安いと、円で借り入れをして資金調達をし、その資金をアメリカのドル資産で運用すれば、日米間の金利差に相当するだけの収入を得られる。このため、円を売ってドルを買う取引が生じ、その結果円安になるというわけだ。このような取引は「円キャリー取引」と呼ばれる。
ところで、この説明は誤りではないが、不十分だ。なぜなら、為替レートが変動することを無視しているからだ。仮に、ドルに投資した資金を円に戻すときに円高になっていれば、為替差損が発生する。それは金利差収入をはるかに超える可能性がある。したがって、円キャリー取引は、極めてリスクの高い取引なのである。
ところが、日銀は、現在の金利抑制策を変えないと明言している。そうであれば、将来円高になる可能性は極めて低いということになる。このため、キャリー取引のリスクが軽減され、その結果、円安が進んでいるのだ。
つまり、金融緩和を止めないという日銀の姿勢が、投機的取引を支える結果となり、急激な円安が進んでいるのである。
アメリカの金利引き上げによって多くの国の通貨がドルに対して減価しているが、円の減価率は、他の通貨のそれより高い。独歩安と言ってよい状態だ。こうなるのは、以上の理由による。
円安が物価高騰をもたらす
円安はどのような問題をもたらしているか?
様々な問題があるが、当面、最大の問題は物価高騰だ。
輸入物価が高騰すれば、企業の原価が高騰する。企業はこれを製品価格に転嫁し、最終的には消費者物価に転嫁している。統計データを見ると、仮に輸入物価が10%上昇すると、若干の時間遅れを伴って、消費者物価が約1%上昇するという傾向がある。
今回は、輸入物価の対前年上昇率が30%~40%だ。このため、消費者物価上昇率が3%程度になっているのである。
したがって、輸入物価が高騰すれば、消費者の生活が困窮することになる。
それだけではない、先に企業は原価を転嫁すると言ったが、今回の物価上昇は急激であるため、零細企業が売上げに転嫁できず、苦境に陥っている。
日本の輸入物価の対前年同月比は、2020年の秋ごろから急に上昇している。この第一の原因は、世界的に資源価格が上昇していることである。これは、先に述べたアメリカの景気回復によって生じた。2022年の2月以降は、ロシアのウクライナ侵攻によって、この動きが加速化した。これは、海外要因による輸入物価の高騰である。
ただし、輸入物価の上昇はこれだけの要因によるのではない。もう一つの要因は円安だ。
最近の統計を見ると、輸入物価上昇の約半分は資源価格上昇などの海外要因によるが、残りの半分は円安による。
2022年10月の消費者物価指数(生鮮食品を除く総合)の対前年同月上昇率は3.6%となったが、仮に円安がなかったとしたら、上昇率は2%未満にとどまっていたはずだ。
円安はいま始まったことではない
通貨の価値を知るためには、市場で決まる為替レートよりも、各国の物価上昇率の違いを調整した「実質実効レート」を見る方がよい。
これを見ると、日本円の実質実効レートは、変動相場制に移行した1973年以降、ほぼ継続的に上昇を続けた。つまり円高が進んだ。これは、日本経済の力が向上したためだ。
ところが、実質実効レートは1990年代の中ごろにピークになり、それ以降は低下を続けている。
こうなったのは、日本政府が円安政策をとってきたからだ。2003年ごろから、日本政府は、継続的に円安政策を行なってきた。そして、第2次安倍内閣の発足に伴い、2013年から異次元金融緩和という大規模な金融緩和政策が導入され、顕著な円安が進行した。
このため、長期的に円安が進行してきたのである。
日本はなぜこのような政策をとったのだろうか?これについては、第2回で述べることとする。
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PROFILE
野口 悠紀雄(ノグチ ユキオ)
一橋大学名誉教授
1940年東京都生まれ。1963年東京大学工学部卒業。1964年大蔵省入省。1972年エール大学Ph.D.を取得。一橋大学教授、東京大学教授、スタンフォード大学客員教授、早稲田大学大学院教授などを経て、現職。専門は日本経済論。近著に『日本が先進国から脱落する日』(プレジデント社/岡倉天心賞)、『2040年の日本』(幻冬舎)、『日銀の責任』(PHP研究所)、『プア・ジャパン 気がつけば「貧困大国」』(朝日新聞出版)、『どうすれば日本経済は復活できるのか』(SBクリエイティブ)などがある。2024年1月19日に『生成AI革命』(日本経済新聞出版)が刊行。
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