野口 悠紀雄さんコラム - 第3回
生成AIは、生産性を上げるのか?失業を増やすのか?
ホワイトカラーの仕事の半分近くが自動化可能
ChatGPTなどの生成AIは、人間の仕事を自動化する。産業革命以降、機械が人間の労働を代替してきた。ただし、それは主として肉体労働に関するものであった。生成AIの特徴は、ホワイトカラーの知的労働を自動化することだ。この点において、従来の自動化と性質が大きく異なる。
どの程度の自動化が可能かについては、すでにいくつもの調査や研究がなされている。そのうちの1つであるゴールドマン・サックスのレポート(2023年3月)には、仕事の種類別の細かい結果が報告されている。
このリストのトップにあるのは事務・管理職で、仕事の46%が自動化できるとされている。これ以外の業種についての自動化可能率は、つぎのとおりだ。
法務44%、建築・エンジニアリング37%、生物・物理・社会科学36%、金融業務35%、地域・社会サービス33%、経営32%、販売31%、コンピュータ・数学29%、農林漁業28%、ヘルスケア28%、保安職業従事者28%、教育・図書館27%、ヘルスケアサポート26%、アート・デザイン26%、個人ケア19%、飲食サービス12%、運輸11%、生産9%、採掘6%、維持補修4%、清掃1%。
法務、金融業務など高度に知的な仕事の自動化率が、3割を超えていることが注目される。それに対して、採掘、維持補修、清掃などの肉体労働では、自動化可能率は一桁でしかない。
経済全体の平均では、25%だ。つまり、全体として約4分の1の仕事が自動化できる。これは、極めて大きな変化をもたらすと考えざる得ない。
外国語の教師は必要なくなる?
このリストの中には、学校の教師が入っていない(「生物・物理・社会科学」とあるのは、その分野の研究者だと考えられる)。実は学校の教師もChatGPTによって大きな影響を受ける。これは、特に外国語の教師について、顕著に起こるだろう。ChatGPTはもともとマルチリンガルな仕組みだから、人間の教師より優れている面が多い。したがって、人間の外国語教師の大部分がChatGPTに置き換わってしまうということも考えられなくはない。
企業の場合には、人間からChatGPTに置き換えるためには、企業の業務システムを様々な面で変えていく必要がある。ところが、外国語の教師をChatGPTに変えるのは、あまり大規模な準備が必要なく、すぐにでもできる。
代替か補完か?
仕事の約4分の1が自動化できるという前述の数字を単純に捉えると、失業率が4分の1になってしまうように考えられるだろう。しかし、以下に説明するように、必ずしもそうではない。
まず、仮に仕事の総量が変わらないとすれば、確かに、企業はこれまでやっていた仕事の4分の1を人間からAIに切り替えるだろう。人間の仕事がAIに代替されることを「代替」(Substitution)と言う。この場合には4分の1の人が仕事を失うわけで、失業率は25%という極めて高い値になってしまうわけだ。
しかし必ずしもそうなるとは限らない。なぜなら、人間がAIを用いて生産性を上げ、従来より生産額を増やすことが可能だからだ。この場合には、生産性が上がるから賃金も増加する。これを、「AIが人間の仕事を補完する(Complement)」と言う。
代替されるか補完されるかは、経済全体の需要がどのようになるかによると考えられる。
まず、補完が進むため生産性が上昇して給与が上昇し、その結果、全体の需要が増えるということが考えられる。これは、好循環のケースだ。
しかし、これとは逆に、経済全体の需要が増えず、その結果、補完よりは代替が進んで賃金所得が下落し、さらに代替が進むことも考えられる。つまり、経済は悪化するわけだ。
経済の実際の動きが上記2つのどちらになるかを予測するのは、難しい。
なお、ゴールドマン・サックスのレポートでは、補完効果が働くために、全体としての失業率は7%程度に収まるだろうとしている。
労働力の部門間流動性を高める必要
日本の場合にはどうか?日本経済は、今後、高齢化によって労働力がさらに不足する。AIが自動化を進めれば、労働不足を緩和する効果があるとも考えられる。ただし、労働の需給は部門によって大きく異なる。
有効求人倍率を業種別に見ると、建設従事者(建設躯体工事従事者を除く)の5.18や介護サービス職業従事者の4.06などと極めて高い値を示す業種があるのに対して、一般事務従事者では0.35と、非常に低い値だ(厚生労働省「一般職業紹介状況(令和5年11月分)について」より)。
このように、日本で労働力が不足しているのは、介護分野などが中心だ。それに対して、AIが自動化できる仕事は、すでに見たようにホワイトカラーの仕事が中心だ。
したがって、部門間の労働力の移動が行われることが必要だ。それがうまくいけば、経済全体としてAIによる自動化効果がプラスの効果をもたらすだろう。しかし、そうならなければ、AIによる自動化が可能な分野では、労働力が過剰となり、労働力が不足している分野ではAIは大きな効果を持たないということになってしまう。
このため、まず労働力のリスキリングが重要だ。いま一つ重要なのは、経済全体が成長することである。
日本は、1950年代・1960年代の高度成長の過程において、産業界の間の労働力移動の必要性に直面した。そして、エレベーターが自動化されたり、コピー機が導入されて和文タイプが不必要になったりする等の自動化による労働力の変化も激しかった。しかし、当時は日本経済全体が非常に高い成長率で成長していたため、労働力が足りない部門への労働力の供給が円滑に行われたと考えられる。
ところが、現在の日本では、経済全体の需要が停滞している。こうした中で、生成AIがもたらす変化に対応して部門間の労働力を適切に再配置できるかどうかは、大きな疑問だと考えざるを得ない。
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PROFILE
野口 悠紀雄(ノグチ ユキオ)
一橋大学名誉教授
1940年東京都生まれ。1963年東京大学工学部卒業。1964年大蔵省入省。1972年エール大学Ph.D.を取得。一橋大学教授、東京大学教授、スタンフォード大学客員教授、早稲田大学大学院教授などを経て、現職。専門は日本経済論。近著に『日本が先進国から脱落する日』(プレジデント社/岡倉天心賞)、『2040年の日本』(幻冬舎)、『日銀の責任』(PHP研究所)、『プア・ジャパン 気がつけば「貧困大国」』(朝日新聞出版)、『どうすれば日本経済は復活できるのか』(SBクリエイティブ)などがある。2024年1月19日に『生成AI革命』(日本経済新聞出版)が刊行。
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