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21世紀の戦争と平和の視点から読み解くロシア・ウクライナ戦争

三浦 瑠麗さんコラム - 第3回

金融によって勢力圏はどのように塗り変わっていくか

ロシアのウクライナ侵攻は、広範にわたる経済制裁をもたらしました。その中でもとりわけ大きな影響を及ぼしたのが、エネルギー分野での制裁と、金融制裁です。エネルギーの制裁は、産油国のような資源輸出国に対して「それで儲けられない」状況を作るためのものですから、輸入国が産地変更などの政策変更をすることが期待されます。その場合の「抜け穴」になるとされるのが、制裁に同調しない国々がロシア産の安価なエネルギーを買ってしまうという状況です。

エネルギーは、安定供給に加え安価であることが重視されます。ロシアは石油、石炭、天然ガスなど足元の経済社会活動に欠かせないエネルギー資源の輸出大国であり、ひとたびロシアのエネルギーがボイコットされればグローバルな供給不安が生じます。制裁による供給減を見越して原油先物の価格は高騰し、実際に供給が不足する前から各国の経済を直撃しています。他方で、インドがロシアからの原油輸入を大幅に増やしたり、OPECが増産に動かないなど、アメリカのリーダーシップに協調していない空間が広がっていることが窺えます。ロシアの石油生産量は3月から減っており、5月以降制裁の影響がより本格的に出ると観測されていますが、それでも取引価格が上がれば潤うのが実情です。

ロシアとウクライナは世界有数の穀倉地帯であることから、食料についてもグローバルな供給不安が起きています。結果、人口大国で食料やエネルギーの輸入大国から打撃を受けることになります。制裁の影響をまず受けるのは、例えばインドやパキスタン、エジプトのような国だということです。こうした国々が対露制裁に協力的どころか批判的である理由は明白でしょう。

では、金融制裁の方は何を行ったのでしょうか。大きく言えば、対露金融制裁は三つのことを目標としています。まず、ロシアの海外資産や個人資産を差し押さえること。次に、ロシアに流れ込むお金を、民間であるか公的であるかを問わず止めていくこと。さらには、ロシア国内から海外企業を撤退させ、国外で活動するロシア企業やロシア人の活動に支障をきたさせることです。それらの目標の究極の目的は、ロシア政府の継戦能力を挫き、将来にわたる大きな経済的被害をロシア国内の幅広いアクターに想起させることで、ロシア政府の意思を変えさせることでしょう。ただし、制裁の目標を半ば遂げたとしても、究極の目的を実現できるかどうかと言えば大きな疑いが残ります。

まず、短期的にはプーチン大統領が言う通り、制裁はロシアに十分な打撃を与えられていません。もちろん長期的にはロシアの経済活動は大きな制約を受け、国力は毀損します。制裁が続けばロシアは官民ともに海外への支払いに支障をきたし、贅沢品だけでなくて経済社会活動に必要な部品や原料その他の物資の輸入ができなくなり、ルーブルの価値が著しく下がり、グローバルな資金調達市場から排除され、外国からの直接投資が引き揚げられて、新規にも入って来なくなるからです。経済活動の主体は事業の予見可能性を重んじますから、制裁に参加していない国々やその企業であっても、いまいまロシアに投資をしたいと思うような状況ではありません。

しかし、制裁がロシア国内の反戦派の比率を高めるかどうかと言えば、むしろ多くの人が排外主義的になりナショナリズムが強固になる可能性も捨てきれない。社会に対する影響としては、ロシア軍の死者数の方が効果は高いだろうと私は見ています。陰惨なことですが、双方が十分に戦い疲れない限り戦争が終わらない見通しをもつのはそうした理由です。

アメリカはロシアの国債の償還と利払いを阻むため、様々な手段を講じてきています。具体的には、米国の金融機関にロシア政府が保有するドル資産を送金することを阻止するという方策です。デフォルトの正確な定義は支払い不能に陥ることですが、ロシア政府は支払い能力があるにもかかわらず支払いを阻まれているので、正確には通常の意味で言うところのデフォルトではありません。

通常の財政危機の中でデフォルトが起きる場合は救済策がとられるため、借金を完全に踏み倒すようなことは起きませんが、今回の場合は逆にデフォルト状態の強制ですから、債権者の利益は顧みられていない。ロシアの大企業も次々と海外への支払いの困難に直面していますが、これらの措置は私有財産の侵害に当たるうえ、個別のデフォルトの影響は各種契約の中身を見てみないとわからないため、制裁という不可抗力による支払い不能がどう解釈されるのかはわかりません。

ロシア政府や企業に潤沢にお金があるにもかかわらず、資産を差し押さえたり、SWIFTという決済システムからの排除などを通じて「人為的に」無理やりデフォルトさせようとしたりするというのは、通常のデフォルトとはまったく別物なのです。ロシア政府や企業は新たに資金調達することこそできませんが、支払いに関しては制裁解除後に支払うなどの合意をすることが可能かもしれません。つまり、デフォルト状態を強制したところで、何か劇的な転換が起きるとは期待できないだろうということです。

金融制裁は、資産を巻き上げられるロシア政府や企業、個人からすれば戦争と同じ効果を生みます。要は、戦争が始まったら国内にある敵国の資産を差し押さえ、完全な敵対関係に入ったということを明確にして、共存の余地をなくすということだからです。今回の制裁は、相手国の間違った行いに何かメッセージを送らなければならないというような消極的理由に基づく形式的なものではなく、全面的な効果を狙ったものですから、仮に長期化するとすれば冷戦期の分断に等しい効果を生みます。一方で、ロシアは冷戦期のように引き籠るべき東側陣営を有していません。制裁を主導するアメリカが企図するのは、ロシアの完全なる孤立化です。もしも多くの国がそのような制裁措置に同調すれば、ロシアは逃げ道を失うでしょう。

ところが、このロシア封じ込めの輪っかは閉じられていません。前回のコラムで述べたように、ロシアのエネルギーは依然として欧州を含む各国に買われていますし、ルーブルはロシア政府がとった様々な防衛手段の効果もあって、侵攻前の価格に戻しています。NATO主導の対露制裁に参加する欧州諸国も、ロシアからの天然ガスの供給が止まっては困る国は、ロシアが要求するルーブルでの支払いに「事実上」応じ始めています。正面からの制裁破りではないかたちでの制裁回避手段として、ガスプロムバンクに口座を開設し、ガスプロムバンク内で通貨をルーブルに替えて支払っているのです。はじめにこれを報じられたオーストリアは、天然ガスの約80%をロシアから調達しており、政府が認める通り産地変更は短期的には不可能です。ポーランドのトゥスク元首相は即座にツイッターでこうした諸国の対応を批判していますが、事実上の制裁回避手段を取らざるを得ないのが現状です。抜け穴は理由があって開いているのであり、それを塞ごうとすれば新たな制裁回避手段を探すしかない。そうでなくとも、産地変更や制裁の影響に対応するためには財政赤字の拡大は必須で、制裁を行う側の国に痛みを伴います。

今後、決済手段は徐々に人民元の存在感が高まっていくものと思われます。すでにサウジアラビアは人民元での決済導入に向けて舵を切っています。原油がすべてドルで取引されていた時代はこれで終わるということです。当然、ドルの影響力は低下します。重要な視点は、これら諸国のアメリカ離れの動きが「ロシアを救うため」ではまったくなくて、自国の経済安全保障、すなわち防衛的措置として出てきているというところです。

今回のような大規模に当たる制裁は、当然将来にわたっての各国の選択に影響します。欧州だけを見れば、防衛体制の強化やエネルギーの脱ロシア依存、カーボンニュートラル化のさらなる促進が選び取られていくでしょう。日本もその点では同じです。しかし、G7と豪州、韓国以外の国々を見たときには、同じ判断にはなりません。彼らはアメリカやG7がもたらすリスクを回避する経済体制の構築に邁進するはずです。その筆頭格は中国です。

中国は今後、アメリカの影響下からの脱却を目指して独自の金融システムを構築し、自らの経済的影響力を背景に人民元建ての取引やSWIFTに代わる決済システムを広めていくでしょう。制裁に強いエネルギーや経済戦略が長い時間をかけて模索され、定着していきます。先進諸国が、ロシアのような、軍事的には横暴で経済的には存在感の低いアクターの封じ込めと切り離しに時間をかけているうちに、アメリカの覇権とドルの凋落(ちょうらく)は進んでいってしまうのではないか。日本にとっては、生き抜くのがより難しい時代の到来です。

PROFILE

三浦 瑠麗

三浦 瑠麗(ミウラ ルリ)

国際政治学者、シンクタンク 株式会社山猫総合研究所 代表

1980年神奈川県生まれ。内政が外交に及ぼす影響の研究など、国際政治理論と比較政治が専門。東京大学農学部を卒業後、同公共政策大学院および同大学院法学政治学研究科を修了。博士(法学)。東京大学政策ビジョン研究センター講師などを経て、2019年より現職。テレビをはじめ各メディアで活躍する一方で、多くの執筆や言論活動も行う。近著に『日本の分断 私たちの民主主義の未来について』(文春新書)のほか、『21世紀の戦争と平和―徴兵制はなぜ再び必要とされているのか―』(新潮社)、『政治を選ぶ力』(橋下徹共著/文春新書)、『シビリアンの戦争 デモクラシーが攻撃的になるとき』(岩波書店)など著作多数。

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