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伊藤 洋一の視点

伊藤 洋一さんコラム - 第29回

日本経済と日銀

「二度と繰り返して欲しくない金融政策の不用意な変節」と言ったら言いすぎだろうか。

世界の株式相場の動きをチャートで見ると、2024年の7月末をスタートに8月の第一週、第二週に大きな陥没が見られる。具体的には株価の世界的な急落と、日本円のほぼ全通貨に対する急騰。日経225は一時31,000円台に落ちたし、ドル・円相場は141円台に急騰した。

少なくともその“一因”となったのが日本銀行の7月の政策変更だ。政策金利をそれまでのゼロ近傍のプラスから0.25%に引き上げた。加えて「データ次第だ」とは断りながらも、(経済・物価の)見通しが予想通り、あるいは上ぶれる場合にはさらなる利上げもありうるとの見解を表明した。

大方の市場関係者は「据え置き」との観測だった。「利上げあり」と見る向きは少数派。前者が大勢だった理由は「日本の景気は弱い」との見方から。実際に出てくる数字の多くはその見方を裏書きしていた。利上げはあるとしても秋との見立てだった。しかし日銀は利上げを断行した。その上に、今後についても利上げが繰り返される可能性を示したのだ。長く日本の政策金利の上限となってきた「0.5%の壁」をも打ち破ることを意味する。

驚いたのはマーケットだ。急激な円高が生じ、今まで大きな日米金利差を背景にドル・ロング(買い持ち)のポジションを持っていた筋から大規模なドル投げ売りが生じた。急激な円買い戻しの動きだ。海外市場にも波及して、世界の金融市場は一気に混乱状態となった。

タイミングも悪かった。日銀の利上げの直ぐあとに7月の米雇用統計が発表され、雇用状況の予想外の悪化と失業率の上昇が伝わった。「アメリカ経済はソフトランディング」との見立てが大きく狂ったとマーケットが慌てた瞬間だった。

日銀は市場の大方の予想を裏切ってなぜ利上げを行い、さらには「今後の利上げ継続」まで示唆したのか。「4月の記者会見での(植田総裁の)円安許容発言で急激な円安が生じ、160円を超えるところまで行ってしまったこと」「円安進行が世論の批判の対象となり、政治問題にまで発展したため」というのが筆者の見方だ。つまり日銀は立ち位置を変えた。

市場関係者の多くもそう理解した、ということが重要だ。植田総裁は就任以来、どちらかといえば「慎重居士」の印象を与えてきた。「利上げするにしても慎重だろう」という受け止めだった。それが「少しずつでも早めに調整した方が後が楽になる」とさえ述べた。そこには一種の“えいや感”さえ感じられた。マーケットが驚いたのは無理もない。

直ぐに思い浮かべたのは、同じ中銀のトップであるパウエル米FRB議長の常なる姿勢だ。一貫しているのは「データ重視」。市場の思惑を煽るようなことは一切言わない。しかし植田総裁は会見で「さらなる利上げ・利上げ継続」に気持ちがあり、その方向を目指していることを強く示唆してしまった。

世界的な株価の急落で、新型NISAでの市場初参入を果たした日本の投資家は動揺し、その動揺は世界的に広がった。日経平均は一日(8月5日)で4,450円以上急落した。膨大な時価総額が失われ、メディアは「ブラックマンデーを超える歴史上最大の暴落」と騒いだ。

「マーケットの過剰反応だ」と言い放ってしまうのは簡単だ。しかし自らの持つ株価が落ちるのを見ながら消費に走る人はいない。株安で消費は冷え込む。景気に悪い。日銀が上げたかった物価は下方圧力を受ける。「円安是正で日本経済を正常軌道に」と思ったのかも知れないが、打った利上げが株価を急落させ、日本と世界の経済を脅かした。何というチグハグか。日銀は、どう考えても市場との対話に失敗した。

日本の通貨当局は162円台という円安が是正されたことを持って「当初の目的は達成された」と考えているかも知れない。繰り返すがそれは違う。日本から伝搬した世界的な株安に世界の金融当局や市場関係者は肝を冷やしたはずだ。過去にもあった世界経済の暗い混乱が頭をよぎっただろう。私もそうだ。

その後のマーケットは「陥没」を埋めつつある。背景は二つ。植田日銀総裁の前のめり発言を打ち消す目的で内田副総裁が「金融市場が不安定な状況で、利上げをすることはない」と明言したこと。日銀は明らかに混乱の収拾に乗り出した。二つ目は、7月の米雇用統計で「リセッションの可能性も」と囁かれた米経済に関して、「景気は底堅い」ことを示す統計がその後いくつも出た。しかもインフレは落ち着きつつあり、再び「ソフトランディング」との見方が強まっている。

マーケットは安心感を取り戻している。8月中旬過ぎの段階ではアメリカの株価は混乱前の水準を取り戻した。日本も9割方の下げ分は取り戻した。しかし急落の記憶は残った。今後も日銀の金融政策には世界中の目が注がれるだろう。何せ世界の主要国は「利下げ」モード。その中で、利上げを行うにはリスクがある。

ではそもそも日銀に世界の趨勢(利下げ)から大きく齟齬する措置(利上げ)を迫るに至っている背景は何か。一体何があったのか。そしてそれをどう乗り越えれば良いのか。次回で取り上げる。

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PROFILE

伊藤 洋一

伊藤 洋一(イトウ ヨウイチ)

経済評論家

1950年長野県生まれ。金融市場からマクロ経済、特にデジタル経済を専門とする。著書に『ほんとうはすごい!日本の産業力』(PHP研究所)、『日本力』(講談社)、『ITとカースト インド・成長の秘密と苦悩』(日本経済新聞出版社)、『カウンターから日本が見える―板前文化論の冒険―』(新潮社)など。「金融そもそも講座」などに書評、エッセイ、評論などを定期寄稿。

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