伊藤 洋一さんコラム - 第2回
今蘇る「竪琴」の国=ミャンマー
今回取り上げるのは、「アジア最後のフロンティア」と日本でも紹介され始めたミャンマーである。多くの日本人には「“ビルマの竪琴”の舞台」と言った方が分かり易い。インド、バングラデシュ、中国、ラオス、それにタイに囲まれた国土は日本の1.8倍。そこに日本の人口の約半分、6,400万人が住む。外務省の統計によれば、国民一人当たりGDPは834ドル(2012年度 日本のそれは4万7,000ドル)と世界でも最も貧しい国の一つだ。
しかしこの国を実際に歩いて感じるのは“豊かさ”だ。アジアの国には珍しい緑豊かな国土、年に3回も収穫できる多種多様なお米、豊富な観光地、そしてヤンゴンのシュエダゴン・パゴダなど“黄金色”に輝く寺院、豊富に存在する地下資源と水。この国には、2012年秋のオバマ大統領以来、世界中の指導者が訪れている。日本からも安倍首相、麻生副総理や財界首脳達など。
なぜ注目されるかと言えば、最近になってやっと国を外に開いたからである。非民主的な軍事政権故に、アメリカなどから経済的制裁(投資規制、輸出規制など)の対象とされた。それ故の世界の最貧国の一つだった。それが俄然、現テイン・セイン政権の昨年からの民主化政策、中国離れ政策故に「アジア最後のフロンティア」として注目され始めた。
何せ、若い女性が一日田植え仕事をしてもらえるお金が400円。つまり、若い労働者を月8,000円程度で雇える。既に月3万円に接近した世界の工場・中国に比べれば、ミャンマー投資は日本を含む世界中の企業にとって魅力がある。加えて言えば、筆者は滞在中に自分のバッグを現地のガイドに直してもらって実感したが、ミャンマーの人々は非常に手先が器用だ。何でもすぐに直す。そしてベトナムの人々と同じように、我々日本人には親しみやすく、付き合いが楽な感じがする。中国の人々とは大違いだ。加えて働きたい若い人々が多い。工場などの投資先として極めて魅力的だし、将来の消費市場としても期待できる。
既に“著しい成長”の兆候は見える。最大都市ヤンゴンの中心部は開発ラッシュとなって不動産価格が高騰し始めていた。世界中から企業が進出してきて、オフィスや工場を構えるからだ。スーパーができはじめ、街は1992年以前に作られた大量の日本の中古車に占拠されていた。完全な日本びいき。バスの腹にはまだ「東急」とか日本語が残っていて日本人には笑える。大都市は喧噪で、人々は忙しく動き、成長への槌音がどこにいても聞こえる。
既にこの国には、凄まじい数の観光客が世界から訪れている。湖の上に家を建てて住む人々もいる避暑地インレー湖には瀟洒なホテルができて、欧米の裕福な旅慣れた観光客を集めていたし、数千のパゴダが林立する古都バガンには日本資本のホテルもできていた。世界から集まる観光客にとっても、ミャンマーはやっと開かれた魅惑の地なのだ。
筆者は滞在中に「世界の資本がこの国に向かい始めた今、高い成長は間違いない」と確信した。
しかし課題もある。ミャンマーで聞いた一番辛辣な自虐的ジョークは、「ミャンマーでは一日3回停電します。1回の停電継続時間は8時間です....」というものだった。ヤンゴンなど大都市はそんなことはない。しかし実際に地方の小さな街に行ったらそうだった。だからホテルやレストランなどは全部自家発電機を備えていた。停電になるとそれを回すわけだ。つまり電力が圧倒的に足りない。
これは成長の足枷になるが、つい最近のニュースでは「三菱商事がミャンマー南部のダウェー経済特区で大型発電所の建設に乗り出す」(日経)そうだ。タイ企業と共同出資で、「最大で原子力発電所7基分に相当する出力計700万キロワットの火力発電所を建設・運営。総事業費は1兆円規模に膨らむ可能性がある」という。道路も水道も、そして鉄道もあらゆるインフラが未整備、であるが故に日本企業が活躍できる場はいっぱいある。
手先の器用さ、人々の勤労意欲の高さなどでベトナムと肩を並べるが、違うのはミャンマーには深刻な民族問題が存在することだ。少数だがイスラム教徒を抱えて最近いくつかの問題が発生した。それ故に、ミャンマーには日本人など世界からの観光客が立ち入りを禁止されている地域がまだいくつかある。金融システムの未整備も問題だ。何よりも銀行システムが弱いため、クレジットカードも使えない。金融の自由化は全くの手つかずだ。
しかし問題があるからこそ「この国は大きく発展する」「日本にとって重要なマーケットになること間違いなしだ」というのが筆者の実感である。
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PROFILE
伊藤 洋一(イトウ ヨウイチ)
経済評論家
1950年長野県生まれ。金融市場からマクロ経済、特にデジタル経済を専門とする。著書に『ほんとうはすごい!日本の産業力』(PHP研究所)、『日本力』(講談社)、『ITとカースト インド・成長の秘密と苦悩』(日本経済新聞出版社)、『カウンターから日本が見える―板前文化論の冒険―』(新潮社)など。「金融そもそも講座」などに書評、エッセイ、評論などを定期寄稿。
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