伊藤 洋一さんコラム - 第27回
日本経済再生の鍵 (3)「衰退途上国」の汚名返上を
経済を再び力強い成長軌道に乗せたい日本。これまで2回にわたって「科学技術の力」を強調してきた。前回は、他の多くのアジア諸国と違って日本が欧米の植民地にもならずに明治維新後に早期に力強い国を作り上げ、いまだもって多くのノーベル賞受賞者を生む国である理由の一つには、江戸時代からの私塾・家塾の制度などがあったことを指摘した。つまり国民の知的レベルが高かったのだ。
問題はこれからだ。今はさすがにいないが、少し前までは「PCやスマホのデバイス、それにデジタル技術に疎い」ことを自慢する風潮さえあった。それでは話にならない。国民全体の再度の最新テクに関する知識付けと、岸田政権もようやく取り上げつつある国民全体のリスキリングが必要なのだ。
先頭に立つべきは国だろう。今の世界は「技術開発競争」の最中にある。各国とも法律をきっちり定め、予算を付けてAIをはじめとする新時代の競争に備えている。アメリカにはイノベーション・競争力法(2017年)、EUには新産業戦略(2020年、2021年更新)があり、中国には国家イノベーション駆動発展戦略綱要(2016~2030年)や中国国民経済・社会発展第14次五カ年計画(2021~2025年)がある。興味深いのはフランスがEUの計画とは別に、人工知能(AI)研究に関する国家計画を2018年3月に既に策定していることだ。
使っている予算も大きい。アメリカは2019年で6,575億ドル(GDPの3.07%)、中国は4,680億ドル(同2.14%)となっている。EUの目標はGDPの3%の研究開発費だ。日本にも科学技術・イノベーション基本法(1995年策定、2020年改正)があり、統合イノベーション戦略を毎年作成している。予算も1,713億ドル(2018年)と米中に比べれば少ないが、それでもGDPの3.23%に上っている。
しかし何故では、日本は我々国民が落胆するほどの「科学技術敗戦」が続いているのか。日本のスポーツがライジングなのに比べてひ弱さが際立つ。恐らくそれは、まだ依然として日本企業の目が「国内競争」に向いている上に、官庁の縦割りが酷く、横断的な体制整備が進んでいないからだ。日本は人口が1億2,000万人を超える。世界ではまずまずの大国だ。なのでずっと日本企業は同じ国内業界の競争相手を見て経営をしてきた。
しかし今はもうそういう時代ではない。国外市場の方が遙かに大きい。ベータとVHSの争いなど懐かしい類いだ。今は世界でいかに陣地を取り合うかの世界だ。日本企業同士の争いなどしている場合ではない。日本企業は「同じ国内の企業」としての一体感が薄く、EUや中国、それにアメリカに「規格争い」で指導権を取れない。
スマホの端子規格が良い例だ。EUの指導力(大きな市場も一因だ)もあって世界の規格は「C」に統一されようとしている。EU自体が寄り集まりだが、彼等は「仲間作り」がうまい。対して日本はどう見てもそれが下手だ。日本はまず日本国内をしっかり固め、そして世界の規格争い、研究の進め方でリーダーシップを握り、そこで「仲間作り」をする必要がある。
日本の政府組織の相変わらずの縦割りも、日本の科学技術が他国に後れを取り始めた大きな要因だと考える。今はデジタルの時代。デジタルは言ってみれば全ての情報を「0と1」で表す。それ自体が「産業の壁崩しの技術」だ。そんな時代に日本の政府組織の縦割りでは対応できない。企業そのものがアミーバのように変容している。
金融とデジタル技術が切っても切れないことも明らかだ。今の金融はその多くがネット上で処理される。そこでは両方の知識を持った人が活躍できる。しかも革新的な技術が次々に出現する時代だ。自動車も機械産業というより既にデジタル産業の仲間入りだ。
日本の官庁をずっと牛耳ってきたのは法律を大学で学んだ人達だ。今でも某大学の法学部の出身者が多くの官庁で幅をきかす。しかし「法律」とは「枠組みを作る」ものだ。今は「枠組みがテクノロジーで壊れる」「壊すのが良い」時代であって、法律や組織の縦割りは変化を阻害する。
企業を見ても「いかに枠を破るか」に尽力している。その革新力は科学や技術を理解し、それを新たな発想に結びつける力だ。「守りのアート」としての法律の出番ではない。政府も新時代に対応していろいろな省庁部署を作っている。問題はそれらをどううまく機能させるかだ。国家資金の配分を相も変わらず法律に強い人達が多い財務省に任せているのはいかがなものか。
先日テレビを見ていたら、ある経済学者が「日本は衰退途上国ですよ」と言っていた。「衰退しつつある国」という意味だろう。反発を感じるとともに、「全く的外れではない」と思った。日本はその「衰退途上」の汚名を返上しなければならないし、改めてそのためには「科学技術でのパワーアップ」「指導権回復」が重要だと思う。それを民間にも、政府にも期待したいし、我々一人一人も心がけたいものだ。
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PROFILE
伊藤 洋一(イトウ ヨウイチ)
経済評論家
1950年長野県生まれ。金融市場からマクロ経済、特にデジタル経済を専門とする。著書に『ほんとうはすごい!日本の産業力』(PHP研究所)、『日本力』(講談社)、『ITとカースト インド・成長の秘密と苦悩』(日本経済新聞出版社)、『カウンターから日本が見える―板前文化論の冒険―』(新潮社)など。「金融そもそも講座」などに書評、エッセイ、評論などを定期寄稿。
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