がん治療を助ける公的保障
がんになると治療費の負担が大きくなったり、治療によってこれまでと同様の生活ができなくなったりすることがあります。
このような場合に対して、公的保障として国民の安定した生活を守るための各種給付があり、これらは個人のみの生活では対処できないセーフティネットとして欠かせません。
このコラムでは、がん治療を助ける代表的な公的保障を紹介します。
医療費の負担を抑える「高額療養費制度」
高額療養費制度とは、公的医療保険制度の1つで、ひと月(同月の1日から月末まで)にかかった自己負担の医療費が一定の金額(自己負担限度額)を超えた場合に、超えた部分が払い戻される制度です。
自己負担の医療費とは、公的医療保険が使える保険診療について自己負担している1~3割の医療費のことです。
そのため保険が適用できない未承認の抗がん剤や先進医療、差額ベッドの費用などは対象になりませんが、保険の適用できる医療費については全て対象となります。
これにより、ひと月にかかる保険診療の医療費は自己負担限度額までに抑えることができます。
自己負担限度額は年齢や収入によって以下のように定められています。
表1 69歳以下の方の上限額
資料:厚生労働省「高額療養費制度を利用される皆さまへ」をもとに執筆者作成
表2 70歳以上の方の上限額(平成29年8月から平成30年7月診療分まで)
資料:厚生労働省「高額療養費制度を利用される皆さまへ」をもとに執筆者作成
表3 70歳以上の方の上限額(平成30年8月診療分から)
資料:厚生労働省「高額療養費制度を利用される皆さまへ」をもとに執筆者作成
例えば、年収500万円の69歳以下の方であれば、自己負担限度額は約9万円となり、ひと月の間にどんなに治療を行っても保険適用の治療であればこの金額で抑えられることになります。
また、複数の受診費や同じ公的医療保険に加入している同世帯の方が負担した医療費(69歳以下の方は2万1千円以上の自己負担のみ)については合算することができ、その合算額が自己負担限度額を超えた場合に、超えた部分の払い戻しを受けられます。
そのため、1人の方が1回の窓口負担では定められた自己負担限度額を超えない場合でも、これらの合算を利用することで医療費の自己負担を抑えることができます。
申請先は加入している公的医療保険制度の保険者(健康保険組合や共済組合、市区町村等)で、その他当制度について具体的な相談もできます。
がんの治療中の収入を支える「傷病手当金」
傷病手当金とは、病気やケガで仕事を休み、勤務先から十分な報酬が受けられない場合に、休養中の生活費の保障として支給されるものです。
こちらも公的医療保険制度の1つですが、被用者保険といわれる健康保険・共済・船員保険独自の制度で、これらに加入する会社員や公務員が対象です。
以下の4つの支給要件を満たした場合に、4日目以降の休業1日につき、おおよそ日額給与の3分の2相当の傷病手当金が支給されます。
- (1)業務外の事由による病気・ケガのための療養中のとき
- (2)療養のために仕事に就けないとき
- (3)原則として、給料等の支払いがないとき
- (4)続けて3日以上休んだとき
がんの治療のための入院が長期になったり、入院しなくても抗がん剤等の副作用等によって体調がすぐれなかったりして、仕事ができない場合があります。
そのようなときでも、傷病手当金は一定の休業に対して収入を保障してくれるため、安心して治療に専念することができます。
ただし、自営業者などが加入する国民健康保険では傷病手当金が任意給付となっており、現在実施している市区町村はありません。
そのため、国民健康保険加入者は、収入減に対する保障として民間の保険等で備える必要があるでしょう。
傷病手当金の手続きは各自が加入する健康保険組合等が窓口になっており、どこに加入しているかは保険証で確認できます。
がん治療で生活に支障がある場合の「障害年金」
障害年金は病気やケガによって生活や仕事に支障がある場合に、年齢に関係なく受け取ることができる年金です。
自営業者などの国民年金加入者には「障害基礎年金」が、会社員などの厚生年金加入者には「障害厚生年金」が障害基礎年金に上乗せされて、支給されます。
障害年金を受け取るには、国民年金や厚生年金の保険料納付状況が条件を満たしていなければなりません。
そのうえで、法令で定めた障害状態に該当していれば受け取ることができ、給付額は障害の重さや配偶者・子の有無などによって変わります。
障害年金における障害状態は、手足のケガによる障害のような外部から分かるものだけではありません。
がんでいうと例えば、人工肛門の造設や尿路変更術、咽頭全摘出なども一定の障害状態と認められます。また、治療のために長期療養が必要で生活に支障がある場合も認められる場合があります。
がんによって生活や仕事に支障がでてきたと感じたらまず相談してみましょう。
相談窓口には日本年金機構の「ねんきんダイヤル」や年金事務所があります。相談の際は年金を受け取りたい本人の基礎年金番号がわかるもの(年金手帳など)や障害状態に関する資料があると具体的に話を聴くことができます。
請求の手続きは最寄りの年金事務所で行い、申請から約4~5カ月で年金が支給開始します。
定期的に相談をして情報収集しよう
公的保障は基本的に支給要件を満たしていても自動的に支給されることはありません。そのため、自ら相談に赴き申請の手続きを行う必要があります。
がんに関することを調べたいときには、以下のような相談先があります。
- ・がん診療連携拠点病院(一定の診療機能を備え、国に指定された医療機関)などのがん相談支援センター
- ・地域で設けられたがん相談支援センター
- ・国立がん研究センターのがん情報サービスサポートセンター
- ・治療を受けている医療機関などにいるソーシャルワーカー
- ・各自治体の相談窓口やホームページ、発行冊子
また、各制度を踏まえて総合的な家計の相談をしたい場合はファイナンシャルプランナーなどのお金の専門家にも相談できます。
がんの治療が長きにわたると、生活の状況や働き方、治療の内容、体の状態などに変化が出てくるでしょう。
また、現在、支給要件を満たしていなくても、制度の改定などによってこれまで支給されなかったものを受けられるようになることもあるかもしれません。
そのため、がん治療にかかわる公的保障の情報は、がん患者本人の生活・治療等に変化があったときや、半年ごとなど定期的に集めるようにしておくと安心です。
初めて相談するときは不安かもしれませんが、顔を合わすうちに打ち解けて、がんと共に闘ってくれる理解者を見つけられることもあるのではないでしょうか。
まとめ
このように、がん治療を支える公的保障の代表的なものとして「高額療養費制度」「傷病手当金」「障害年金」があります。これらの制度はがん治療による経済的な負担を抑え、収入を保障し、生活の安定を助けてくれるものです。
これらを受けるためには、各管轄の窓口に自身で申請をする必要があります。そのためにも、がんを専門にする相談窓口や自治体や年金機構などの公的機関を利用して、定期的な情報収集を心がけることが大事でしょう。
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コラム執筆者プロフィール
松原 季恵 (マツバラ キエ) - CFP®
銀行、損害保険会社での勤務経験から、多くのお客さまの相談に乗ってきました。
ファイナンシャルプランナーとして独立した際は、ライフプランを軸に「お金で楽しい毎日を」を心がけて情報発信しています。
ファイナンシャルプランナー 松原 季恵
※この記載内容は、当社とは直接関係のない独立したファイナンシャルプランナーの見解です。
※掲載されている情報は、最新の商品・法律・税制等とは異なる場合がありますのでご注意ください。
掲載日:2020年3月31日
がんで介護が必要になった場合に利用できる「公的介護保険制度」
がんになった場合、年齢の低い方でも公的介護保険制度を利用できる可能性があります。
公的介護保険制度は、65歳以上の方(第1号被保険者)なら、原因を問わず要介護認定や要支援認定を受けたときに介護サービスが受けられる制度です。
また、40歳以上64歳以下の方(第2号被保険者)も、がんなどの特定疾病が原因で要介護認定や要支援認定を受けたときに利用ができます。
ただし、全てのがん患者が利用できるわけではありません。
厚生労働省が公表している選定基準の考え方によると、公的介護保険制度が利用できるがん患者とは「医師が一般に認められている医学的知見に基づき回復の見込みがない状態に至ったと判断したものに限る」つまり、末期がんの方とされています。
末期がんを原因とする要介護認定などの申請をした場合、どのくらいの期間で認定が受けられるかも気になるところです。
厚生労働省が2011年に公表したアンケート調査結果(※)では、申請から20日以内に二次判定まで進んだ自治体が約13%、21日から30日以内の自治体が約49%、30日超の自治体が約38%でした。
(※)末期がんと診断され、2010年の5月から10月の間に要介護認定などの新規申請を行った第2号被保険者を対象とする調査。
また、申請したものの二次判定を受ける前に亡くなられた方が、全体で20%程度いることも判明しています。
がんで公的介護保険制度が利用できる場合があることを知っておき、もしもその状態となった場合には、迅速に申請する方が良いでしょう。