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円安が日本を滅ぼす

野口 悠紀雄さんコラム - 第3回

円安に対してどのような政策が必要か?

金利が低すぎるから円安が進んだ

第2回で見たように、円安は日本経済に様々な問題をもたらした。それでは、この状況を改善するには何が必要だろうか?

それを考えるには、第1回で述べた円安の原因を、もう一度振り返る必要がある。そこで述べたように、円安が進んだ原因は、日本の金利水準が世界(とくにアメリカ)のそれに比べて低すぎることだ。したがって、円安を解決しようと思えば、長期金利を引き上げる必要がある。

具体的には、現在行っている金利のコントロール(YCC:イールドカーブコントロール)を修正または放棄し、長期金利を市場の実勢に合わせて自由に動くようにする必要がある。

つまり、円安を是正するための基本的な手段は、金融政策の見直しだ。

政府と日銀の政策が矛盾する

政府は、円安によって引き起こされた物価高騰に対処するため、物価対策を行っている。2022年1月の初めから、ガソリン価格の調整を行っている。また2022年秋にまとめた総合経済対策によって、電気料金とガス料金の凍結措置を講じている。

しかし、これらは物価高騰の原因に対処しようとするものではなく、物価高騰に事後的に対処するだけのものだ。物価高騰の原因に対処する必要があるのだが、それを行っていない。

本来であれば、真っ先に行うべきは、日銀に金融政策の修正を要請し、円安を食い止めることだ。金融緩和を放置したままで物価高騰に対処するのは、矛盾した政策だと考えざるを得ない。

しかも、政府の物価対策には、様々な問題がある。

第1は、多額の資金が必要とされることだ。ガソリン価格抑制のためには、2022年ですでに3兆円以上の資金が投入された。電気料金とガス料金の抑制を合わせると、さらに巨額の資金が必要とされる。

このような巨額の資金は、結局のところ国民が負担せざるを得ない。コストなしで物価抑制ができているわけではないのである。

価格が見えなくなる

政府の物価対策の問題は、以上で述べたことだけではない。最大の問題は、真の価格が見えなくなってしまうことだ。

ガソリン価格が高騰しているのは、ガソリンの消費を抑制すべきだという市場のシグナルである。ところが、価格を統制してしまうと、そのシグナルが見えなくなる。したがって、人々は、ガソリン使用を抑制しない。

このように、真の価格が見えなくなってしまうことは、資源配分上、極めて大きな問題をもたらすのである。

1970年代のオイルショックのときに、日本は何よりもまず省エネルギー政策を実施した。企業に省エネルギーを要請し、オフィスのビルの電気を消したり、エレベーターの運行回数を減らしたりした。これこそが正しい政策だ。われわれはいま、そのときのことを思い出さなくてはならない。

政府は、物価対策によって、消費者物価指数の上昇率を1.6%ポイントに抑えるとしている。そして、このことをあたかも望ましいことのように言っている。しかし、実際は全く逆なのである。本当は物価が上昇しているにもかかわらず、そのことを見えなくしてしまうのは、経済活動を大きく歪めるのだ。

金利体系が歪んでしまった

様々な価格の中で、「金利」は最も重要なものの1つだ。日銀は、これを直接に抑えている。このため、金利体系が極めて歪んだ形になってしまった。

このことは、2022年の秋に、資金調達市場に明確な形で現れた。2022年10月には、10年物国債の取引が成立しない日が何日も続いた。金利が低すぎて(つまり、国債の価格が高すぎて)日銀以外には買手がいない状況になってしまったのだ。

また、地方債のスプレッド(地方債の発行利回りと国債の発行利回りとの差)が大きく拡大した。地方公共団体のリスクが増えたわけでもないのにこうしたことが生じたのは、国債の利回りが適切な水準になっていないためだ。抑制された金利水準が低すぎたのだ。このように日本の資金調達市場が大きく歪んでしまったのは、重大な問題だ。

緩んだ財政規律

金利を引き上げると、国債の発行が難しくなり、財政資金の調達コストが上昇するので問題だと言われる。

しかし、すでに見たように、これまでの金利が低すぎるのだ。

このため、コロナ禍で様々のバラマキ的政策がとられた。低金利が続けば、財政規律の弛緩は、さらに進むだろう。

この点について参考にすべきは、イギリス・トラス政権の経験だ。2022年秋に財源手当のない無謀な政策を打ち出したところ、金利が高騰し、年金ファンドが危機に陥った。このため、トラス政権は政策を撤回せざるを得なくなった。そして、政権は退陣せざるを得なくなったのだ。誤った政策を長期金利が是正したのである。

ところが、現在の日本では、このようなメカニズムが働かなくなっている。唯一残された自由な価格が為替レートだ。だから、急激な円安の進行は、現在の日本の歪みを象徴するマーケットの悲鳴のようなものだと考えることができる。

日銀新体制は、どのような政策を打ち出すか?

以上のような問題に直面した日本銀行は、2022年12月に、10年物金利の上限を見直した。それまで0.25%とされていたのを、0.50%に引き上げたのだ。マーケットは直ちにこれに反応し、金利が上昇して、為替レートは円高に動いた。

ただし、2023年の初めの時点で、まだ事態は流動的だ。4月には日銀総裁が交代する。日銀新体制がどのような政策を打ち出すかが注目される。

これまでの10年間、日本では低金利時代が続いた。とくに2016年以降は、金利が著しく低い水準にあった。この状態が、これから大きく変わる可能性がある。

PROFILE

野口 悠紀雄

野口 悠紀雄(ノグチ ユキオ)

一橋大学名誉教授

1940年東京都生まれ。1963年東京大学工学部卒業。1964年大蔵省入省。1972年エール大学Ph.D.を取得。一橋大学教授、東京大学教授、スタンフォード大学客員教授、早稲田大学大学院教授などを経て、現職。専門は日本経済論。近著に『日本が先進国から脱落する日』(プレジデント社/岡倉天心賞)、『2040年の日本』(幻冬舎)、『日銀の責任』(PHP研究所)、『プア・ジャパン 気がつけば「貧困大国」』(朝日新聞出版)、『どうすれば日本経済は復活できるのか』(SBクリエイティブ)などがある。2024年1月19日に『生成AI革命』(日本経済新聞出版)が刊行。

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