野口 悠紀雄さんコラム - 第2回
ChatGPTが様々な分野で利用され、生産性を向上させる
法律関係業務でのChatGPTの利用が進む
第1回で、ChatGPTなどの生成AIは、文章の校正、定型的な文書の作成などの面で、事務作業を効率化することを述べた。また、企業において、カスタマーサービス、広告のウェブサイト、デジタルマーケティング等の分野での応用がすでに始まっていることを述べた。
生成AIは、こうした利用法に留まらず、広く様々な経済活動で利用が可能だ。事実、いくつかの分野では、生成AIの導入が積極的に進められている。近い将来に、これらの分野における仕事の進め方は、大きく変化する可能性がある。
生成AIは、単純な繰り返し業務に応用できるだけではなく、高度に専門的な分野での応用も可能だ。
そうした分野として、法律関係の業務が挙げられる。法律関係では膨大な数の判例を参照する必要があるが、生成AIを用いてこうした業務を効率化しようとする動きが始まっている。
このような利用法が進めば、弁護士の業務が効率化される。それだけではなく、弁護士の助けを借りなくても、法律的な文書の作成が可能になる。例えば、十分な法律的知識がなくとも、契約文章等の作成が容易にできるようになるだろう。また、訴訟において、弁護士の役割を生成AIが代行することも考えられている。そうした利用が進めば、弁護士が不要な社会が将来訪れることもあり得なくはない。
さらに、税理士や公認会計士などの仕事においても、生成AIの利用が進むだろう。
ChatGPTの医療関係への応用
ChatGPTの医療関係への応用も考えられている。特に重要なのは、患者が自分で病状を判断すること(セルフトリアージ)だ。これは現在ウェブの情報を用いて行われているが、個別の状況に関しての詳しい情報が得られるわけではない。ChatGPTを用いれば、個人の状況に即した詳しい情報が得られる。
医療に特化したAIの開発も進められている。例えばGoogleが開発したMed-PaLMは、人間の医師に劣らぬ高い精度での診断ができる。
日本では、今後、高齢化がさらに進み、医療サービスに対する需要がさらに増大すると考えられる。こうした状況において、セルフトリアージの重要性は増すだろう。この面での進歩が期待される。
ただし、生成AIは間違った情報を出す場合もあるので、医療への応用は慎重であるべきだとの意見もある。
さらに、医療関係の研究開発活動への応用が試みられている。特に重要なのは、創薬だ。創薬は、膨大な数の様々な候補の中から、試行錯誤で適切なものを選んでいく過程だ。この過程に生成AIを用いることによって、開発を加速化することが可能になる。多くの製薬会社が、IT企業と共同して、この分野での生成AIの利用を進めようとしている。
金融・保険業はChatGPTで大きな影響を受ける
業種別に見た場合、金融・保険業は、生成AIによって大きな影響を受ける分野だと考えられている。
まず、バックオフィス業務を効率化させ、コストを低下させるだろう。また、フロントラインの仕事の多くは顧客との対話だが、担当者がChatGPTを用いてデータベースに直接にアクセスすることができるようになるため、質の高い情報を提供することができる。
また、対顧客業務に生成AIを導入することが考えられる。金融や保険の場合、サービスは個人によって様々に異なる条件を考慮する必要があるので、ここに生成AIを利用しようとするものだ。
とりわけ、証券業や保険業では、顧客の個人的な事情に対応すべき場面が多い。しかし、これまでは、そうした対応は難しかった。今後は、こうした分野で新しいサービスが誕生することが考えられる。
しかし、日本の状況を見ると、事務効率化への利用は考えられているものの、対顧客サービスに生成AIを用いるのには、慎重な企業が多い。
確かに、金融サービスは個人情報を預かっているので、個人情報漏洩などの問題が起きた場合、その影響は深刻なものになりうる。そのため、とりわけ慎重な応用が必要であることは間違いない。ただし、日本の現状を見ると、慎重過ぎる面もあるのではないかとも考えられる。新しい技術の導入に、もう少し積極的になってもよいのではないだろうか?そうでなければ、生成AIの時代における世界の大勢に、大きく立ち後れる危険がある。
生産性が向上する半面で、失業が増加する危険
生成AIは、小売り業でも利用されるだろう。カスタマーサービス、マーケティング、顧客対応などでの利用が考えられる。また、在庫管理やサプライチェーン管理への応用も考えられる。
さらに、業種を問わず、ソフトウエア開発での利用が進むだろう。自然言語を用いるコード作成が可能になるため、迅速なソフトウエア開発が可能になるだろう。
また、自然言語で企業のデータベースを利用できることの意味も大きい。経営者も、ChatGPTとの自然言語による会話を通じて、企業の状況を直接に、かつリアルタイムで把握することが可能になる。これによって、データドリブン経営(データ駆動型経営)を実現することができる。こうした意思決定方式の導入に成功した企業の業績は、顕著に向上するだろう。
生成AIがこのように利用されることによって、生産性が向上する。しかし、他方において、これまで人間が行っていた仕事をAIが行うようになり、人間が失業するという問題が生じる危険もある。
この問題は、とりわけ教育分野において大きな問題となる可能性がある。英語などの外国語の教育においては、人間の教師よりChatGPTのほうが優れている面が多いからだ。したがって、人間の教師が不要になる事態も考えられなくはない。企業においても、もちろん、同様の問題が発生しうる。
次回では、生成AIによる失業がどれほど深刻な問題になるかを考えることにしよう。
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PROFILE
野口 悠紀雄(ノグチ ユキオ)
一橋大学名誉教授
1940年東京都生まれ。1963年東京大学工学部卒業。1964年大蔵省入省。1972年エール大学Ph.D.を取得。一橋大学教授、東京大学教授、スタンフォード大学客員教授、早稲田大学大学院教授などを経て、現職。専門は日本経済論。近著に『日本が先進国から脱落する日』(プレジデント社/岡倉天心賞)、『2040年の日本』(幻冬舎)、『日銀の責任』(PHP研究所)、『プア・ジャパン 気がつけば「貧困大国」』(朝日新聞出版)、『どうすれば日本経済は復活できるのか』(SBクリエイティブ)などがある。2024年1月19日に『生成AI革命』(日本経済新聞出版)が刊行。
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