玉田 俊平太さんコラム - 第7回
破壊的イノベーターになるための7つのステップ(その4)
前回までのコラムで私たちは、破壊的イノベーションを起こすには、(1)どのようなタイプのイノベーションを起こすのか戦略を定め、(2)企画チームに多様な知識・経験を持つメンバーを集め、(3)顧客の「無消費の状況」や「満足過剰な状況」を探し、(4)その状況に対する解決策を「正しい」ブレインストーミングを行って生み出すのが良いことを学びました(図1参照)。
資料:執筆者作成
今回は、ブレインストーミングで出された多くのアイデアの中から、自社に適したアイデアを選び出すための考え方について学びましょう。
「選ぶこと」こそが戦略です
ブレインストーミングで生み出された膨大な数の玉石混交(ぎょくせきこんこう)のアイデアをすべて商品化するのは、経営資源の面から不可能ですし、賢明でもありません。ですから、数百のアイデアの中から、「適切な」アイデアを「選ぶ」ことは極めて重要なプロセスです。
私がハーバード大学留学中、マイケル・ポーター教授から学んだ言葉に“Strategy is a choice”(戦略とは選ぶことだ)があります。「経営資源は有限なのだから、企業戦略とは、どの選択肢に経営資源を割り当てるか(あるいはどれを「やらないと決める」か)決断することである」という趣旨です。これができない組織は、ブレインストーミングセッションでどんなにいいアイデアが出てきても、それに十分な経営資源を割り当てられずに「宝の持ち腐れ」になってしまったり、一見魅力的に見える大きな市場をターゲットにする持続的アイデアを選んで、ライバル企業ひしめくレッド・オーシャンに迷い込み、血みどろの戦いを繰り広げることになってしまうでしょう。
そのアイデアは「誰にとって」破壊的ですか?
ある企業にとって破壊的なイノベーションとは、その企業の優良顧客に見せても、優良顧客が重視する性能が低過ぎるため「そんなものはオモチャだ」と言われ、買ってもらえないような新製品や新サービスのことでした。そして、その「ある企業」は、ライバル企業である場合も、自社である場合もあり得ます。したがって、イノベーションは、(1)ライバル企業にとって破壊的か持続的か、(2)自社にとって破壊的か持続的かで、2×2の4種類に分類することができます(図2参照)。
資料:執筆者作成
「自社にとっては持続的」だが「他社にとっては破壊的」なアイデアを選ぼう!
ブレインストーミングで出されたアイデアを、図2の4種類に分類しましょう。そして、その4種類のイノベーションのうち、最優先で検討すべきなのは、図2の左上「自社にとっては持続的」だが「他社にとっては破壊的」なアイデアです。このようなアイデアであれば、自社の価値基準やビジネスプロセスと適合性が高いため、社内で優先順位が高くなりやすく、経営資源を投入する意思決定もされやすいでしょう。そして、それが他社から見ると、簡単には対処できない破壊的なイノベーションの形を取っているのが理想です。
そんな都合の良いイノベーションなんてあるのかと訝る読者もおられるかもしれませんが、たとえば、明治の「明治 ザ・チョコレート」という商品があります。コンビニなどで他のチョコレートの2倍ぐらいの値段で売られている商品です。実はこれ、明治が百年近くチョコレートを作り続けてきた集大成とも言える商品なのです。赤道直下のカカオ農園で技術を一緒に高めたり、味や質感の微妙な調整のために日夜研究と試食を繰り返したりしてやっと到達した、明治にとっては自社ビジネスの王道を極めた「持続的イノベーション」の商品です。そして、その品質はフランスのショコラ愛好家クラブ「C.C.C」によるタブレット海外部門のアワーズを受賞するほどの評価を得ています。
しかし、これをゴディバやリンツなどといった海外有名メーカーから見るとどうなるでしょう?高級デパートなどにお店を構え、多くの店員を雇って販売されているこれらのブランドのチョコレートは、シンプルな板チョコレートでも500円は下りません。すでに製造設備や広告宣伝費、店舗の家賃や店員の人件費が発生しているため、そう簡単にコストを下げて「明治 ザ・チョコレート」に値下げで対抗することは困難でしょう。
つまり、「明治 ザ・チョコレート」は「明治(自社)にとっては持続的」だが「他社にとっては破壊的」なアイデアなのです。
このような「自社にとっては持続的」だが「他社にとっては破壊的」な事例は、回転寿司、ブックオフ、俺のフレンチ、QBハウスなど、私たちの身の回りにもたくさん見つけることができます。
「自社にとっては持続的」で「他社にとっても持続的」なアイデアの場合は、ライバルより自社が大きければ競争を挑もう!
それでは図2の左下、「自社にとっては持続的」だが、同時に「他社にとっても持続的」なアイデアの場合はどうしたら良いでしょう?
その答えは、「ライバルより自社が大きければ競争を挑もう!」です。
こうしたケースとして、テスラが先行していた「高性能電気自動車マーケット」を考えましょう。高性能電気自動車は、当初、エコロジーに敏感な富裕層向けのニッチなマーケットと考えられていましたが、地球温暖化問題への注目度が高まるにつけ、多くの顧客が自動車に求める価値として、最高時速や加速性能、航続距離に加えて「二酸化炭素を出さないこと」を重視し始めました。
そこで、メルセデス・ベンツ、アウディ、ポルシェ、ジャガーなどの高性能スポーツカーメーカーが、この1,000万円~1,500万円クラスの高性能電気自動車マーケットに相次いで新型電気自動車を投入し、激しい競争が始まっています。こうしたメーカーはテスラと異なり、長年の自動車作りで培われた製造技術や品質保証能力、多くの販売網や整備拠点、既存顧客との結びつき、ブランド価値などを備えています。こうした激しい競争の中で生き残れるのは、より多くの経営資源を持ち、それを研究開発や設計、製造、マーケティングなどに惜しみなく投じることができる大企業でしょう。
このようなタイプのイノベーションのアイデアが出てきて、自社がライバルより大きいのであれば、持続的イノベーション同士の競争を挑むのも一案です。
「自社にとっては破壊的」だが「他社にとっては持続的」なアイデアの場合…尻尾を巻いて逃げだそう!
それでは、ブレインストーミングで出されたアイデアが図2の右下、すなわち「自社にとっては破壊的」だが「他社にとっては持続的」な場合はどうしたら良いでしょうか?その場合、私がお勧めするのは、「そんなアイデアは却下する。もしライバルがそのアイデアに気づいたら、尻尾を巻いてとっとと上位市場に移行するか、顧客に他の価値が提供できないか考える」ことです。
たとえば、あなたが日本航空の経営者で、自社が飛んでいる路線に低コストの航空会社(LCC)が参入してきたとしましょう。フルサービスのエアラインである日本航空は、さまざまな機材とそれを運行できる操縦士や整備スタッフ、それぞれの機材向けの多数の補修部品などを保有し、ビジネスクラスやファーストクラスでの手厚いサービスも提供しているため、LCCには逆立ちしてもコストで太刀打ちすることはできないでしょう。
そうであれば、日本航空自身に残された道は、マイレージサービスなどの航空輸送以外の価値で顧客をつなぎとめるか、ビジネス顧客向けのさまざまなサービスを一層充実させ、上位市場に移行することぐらいでしょう。
それ以外の財政的手段として考えられるのは、全日空がそうしたように別組織でローコストキャリアを自ら立ち上げるか、ローコストキャリアを買収することでしょう。
さて、いかがでしたでしょうか?
4種類のイノベーションの最後のタイプである「自社にとっても破壊的」だが「他社にとっても破壊的」なアイデアをどう実現したら良いかにつきましては、次回以降にしっかりとご説明させていただきたいと思います。
お楽しみに。
さらに勉強を深めたい方は、拙著『日本のイノベーションのジレンマ 第2版 破壊的イノベーターになるための7つのステップ』をお近くの書店等で手に取ってみてください。
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PROFILE
玉田 俊平太(タマダ シュンペイタ)
関西学院大学 経営戦略研究科 研究科長、博士(学術)(東京大学)
1966年東京都生まれ。東京大学卒業後、通商産業省(現:経済産業省)に入省。ハーバード大学大学院にてマイケル・ポーター教授のゼミに所属、競争力と戦略との関係について研究するとともに、クレイトン・クリステンセン教授から破壊的イノベーションのマネジメントについて指導を受ける。筑波大学専任講師、経済産業研究所フェローを経て現職。著書に『日本のイノベーションのジレンマ 第2版 破壊的イノベーターになるための7つのステップ』(翔泳社)、『産学連携イノベーション―日本特許データによる実証分析』(関西学院大学出版会)など、監訳にロングセラーの『イノベーションのジレンマ』(翔泳社)、『イノベーションへの解』(翔泳社)などがある。
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