玉田 俊平太さんコラム - 第6回
破壊的イノベーターになるための7つのステップ(その3)
前回までのコラムで私たちは、破壊的イノベーションを起こすには、(1)「新市場型破壊」を目指すのか、それとも「ローエンド型破壊」を目指すのか(あるいはその両方である「ハイブリッド型破壊」を目指すのか)の戦略を定め、(2)新たな製品やサービスの企画チームに多様な知識や経験を持つメンバーを集め、(3)顧客がかなえたい「ジョブ」があるにもかかわらず、何らかの「制約」よってかなえられていない「無消費の状況」を見付けるか、顧客がこれ以上性能を盛りつけられても満足度が向上しない「満足過剰な状況」を探し出すのが近道であることを学びました(下図参照)。
資料:執筆者作成
今回は、これまでに見付けた「無消費の状況」や「満足過剰な状況」に対し、(4)正しくブレインストーミングを行うことで解決策を考えるやり方についてお話ししましょう。
「正しく」ブレインストーミングを行うには?
多様なメンバーからなるチームが、顧客の観察と洞察から「無消費の状況」や「満足過剰な状況」に気づいたら、次のステップは、そうした状況を生み出している「制約」を取り除くアイデアを「ブレインストーミング」で生み出すときです。
もし制約が「スキル」によるものなら、スキルのない素人にでも使えるような解決策を考えましょう。制約が「アクセス」によるものなら、どこにでも持ち運べるようポータブルにしたり、インターネット経由で提供したりできないか考えましょう。もし制約が「時間」によるものであれば、インターフェースをシンプルにしたり、機能を必要最低限にしたり、遊び心あふれたチュートリアルを準備できないか検討してみましょう。
もし顧客の「資力」が制約になっている(=高くて買えない)のであれば、価格を劇的に下げたり、一回あたりの支払いが安くなるようなアイデアを、顧客が現行の製品やサービスの性能に「満足過剰な状態」に陥っているのなら、今提供されているものよりシンプルで低価格な代替案はないかを話し合ってみると良いでしょう。
本当のブレインストーミングのやり方
「ブレインストーミング」は、すでに多くの企業に導入されているアイデア出しの手法です。多くの読者も、くつろいだ雰囲気でグループを組み、アイデアを付箋に書いて出し合う「ブレインストーミング風」の会議に参加したことがあることでしょう。
しかし、日本の喫茶店の“ナポリタンスパゲッティ”が本場イタリアのパスタとは似ても似つかないように、「ブレインストーミング風の会議」と「正しいブレインストーミング」では、背景にある思想からして違うのです。
「正しい」ブレインストーミングのルールとは
そもそもブレインストーミングとは、「グループによる創造力に期待してそれを信頼する、アイデア形成のための手法」です。ですから、ブレインストーミングで重要なのは、「独りでは出せないような発想を、グループの力で出す」ことです。前回述べたように、異なる背景や知識を持つ参加者が創造力を集結させるからこそ、独りで考えるよりも解決策を探索する「解空間」が拡がり、革新的なアイデアを数多く生み出せることが期待できるのです。
デザイン会社IDEOは、「正しいブレインストーミングのための7つのルール」を生み出しました。今回は、そのうち特に重要な4つをご紹介しましょう(参考文献:『BIODESIGN バイオデザイン日本語版』薬事日報社)。
(1)価値判断を後にする
「価値判断を後にする」ことは、すべてのブレインストーミングのルールの中でも、最も直感に反するルールのため、最初は守るのが難しいでしょう。このルールの趣旨は、ブレインストーミングが終わるまで、出されたアイデアを批判したり論評したりするのを一切やめることにあります。
何故なら、ブレインストーミングの目的は、個人の創造力を活発にするとともに、チームによる創造的プロセスをも活性化することだからです。そのためにはまず、どんなアイデアをも受け容れる「寛容な環境」を創る必要があります。出されたアイデアがたとえ実行不可能であっても、あるいはどんなに馬鹿げた提案であっても、それを受け容れ、次の新たな発想へとつなげることが大切なのです。ですから、「価値判断を後にする」ことがブレインストーミング7つのルールの最初に書いてあるのには、大きな意味があるのです。
「正解しか口にしてはならない」と考えながらアイデアを発想するのは、車のブレーキを思いっきり踏みながら、同時にアクセルを踏むようなものです。発想の枠が狭く縮こまり、出てくるアイデアは量が少なく、その質も凡庸で貧弱になるでしょう。
皆さんの組織でも、業界経験が長い人ほど、無意識のうちに既存の解決策や過去の経験にとらわれていることが多いのではないでしょうか?
そして、得てしてそういう人が上司だったりするので困りものです。この「価値判断を後にする」というブレインストーミングのルールを徹底し、上司に「それは過去のあれの焼き直しだ」とか、「そのやり方は前にやったけどダメだったね」などの批判を言わせないようにすることが、自由にクリエイティブなアイデアを出すための第一歩なのです。
(2)ワイルドなアイデアを促す
ブレインストーミングにおいては、「シンク・アウト・オブ・ザ・ボックス」、つまり既成概念の外に出て、今までとは異なった「ワイルドな(自由奔放な、無謀な、的はずれな、並外れた、狂気じみた)」考え方を奨励することも大変重要です。
ブレインストーミングで出たアイデアは、その後のプロセスであらためて評価・選別されます。だから、ブレインストーミングの段階では、いくらアイデアがワイルドであっても構いません。面白い馬鹿げたアイデアには、チーム全体の創造力を刺激するという重要な効果があり、そこから新しいインスピレーションが生まれるからです。
IDEOでは、メンバーのほとんどがすばらしいアイデアは馬鹿げたアイデアの後ろに隠れていることを共通認識として持っているそうです。
ですが、「空気を読んで場の雰囲気を乱さない」ことを最良の価値とする日本人には、このルールもなかなかなじめないかもしれません。手を挙げたからには正解を言わないとばつが悪い思いをする教室で育った我々の多くにとって、一見でたらめで的はずれに見える馬鹿げたアイデアを口にすることは、とても恥ずかしく、憚られることでしょう。
しかし、日本でも、デザイン家電のバルミューダを創業した寺尾玄さんは、ご両親から「絶対に普通のことはするな」、「おまえ、いつまで学校行ってんだ」、「いつ辞めるんだ」と毎日のように言われ続け、このことがユニークな家電メーカーの創業につながったそうです。
(3)他人のアイデアの尻馬に乗る
他人が出したアイデアに乗っかり、それをレバレッジ(てこ)として活用するのも、新しいアイデアを出していく上ではとても有効です。あるメンバーのあるアイデアが、他の参加者を刺激し、そこから新たな発想が生まれ、思いもつかなかった新しいアイデアへと発展していくのです。
ブレインストーミングになじみのない参加者は、他人のアイデアに便乗することが、あたかもアイデアの盗用や手抜きのようで、なかなか受け容れられないかもしれません。
しかし、自分の頭だけに頼るのであれば、部屋に籠もって独りで考えるのと何ら変わりません。多様な参加メンバーが出すワイルドな意見に刺激され、知らず知らずのうちに自分を縛っていた目に見えない「解空間」の呪縛から解き放たれるからこそ、独りでは思いもつかなかった解決策が生まれるのです。
そもそも、まったくの無からアイデアは生まれません。カメラの発明は、その前身の、絵描きの補助具“カメラ・オブスクラ”無しにはあり得ませんし、ラジオの発明も、それ以前のマルコーニによる無線通信がなければ不可能でした。万有引力の法則を思いついたアイザック・ニュートンも「私が人より遠くまで見渡せたとすれば、それは巨人(先人たち)の肩の上に乗ることによってである」という旨を述べています。
(4)数を求める
うまく回っているブレインストーミング・セッションでは、グループの思考の足かせが取り払われ、豊かなアイデアが次々と生まれるものです。このような状態を実現するためには、アイデアの良し悪しを気にせずに「できるだけ多くのアイデアを出す」という目標をグループに課すことが大切です。
このルールも、慣れない参加者にはかなり抵抗を感じるものでしょうが、「下手な鉄砲も数打ちゃ当たる」という諺は、実は正しいのです。どうやらアイデアの質は、正規分布などの何らかの統計分布に従っているようで、大量のアイデアが生まれれば、必然的に、質の高いアイデアも一定の確率で出現するようです。
そもそも、イノベーションのアイデアの良し悪しは、市場が受け容れるかどうかで判断されるべきものです。ですから、発案者自身が最高だと思ったアイデアでも、それが市場で受け容れられなければ(売れなければ)、それは悪いアイデアですし、その逆に、企業がダメだと思ったアイデアでも、市場で売れたものは良いアイデアなのです。たとえば、コナン・ドイルは「シャーロック・ホームズ」を駄作だと思っていたそうですが、読者(顧客)はこの小説を熱狂的に支持したではありませんか。
ちなみに、ブレインストーミングのセッションは通常60分~90分程度で、90分以上になると非生産的になるそうです。60分~90分程度の時間ですと、普通、少なくとも60個は新しいアイデアが生まれるそうです。目標を高めに設定すれば、100個以上のアイデアを創り出すことも可能でしょう。
さらに勉強を深めたい方は、拙著『日本のイノベーションのジレンマ 第2版 破壊的イノベーターになるための7つのステップ』をお近くの書店等で手に取ってみてください。
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PROFILE
玉田 俊平太(タマダ シュンペイタ)
関西学院大学 経営戦略研究科 研究科長、博士(学術)(東京大学)
1966年東京都生まれ。東京大学卒業後、通商産業省(現:経済産業省)に入省。ハーバード大学大学院にてマイケル・ポーター教授のゼミに所属、競争力と戦略との関係について研究するとともに、クレイトン・クリステンセン教授から破壊的イノベーションのマネジメントについて指導を受ける。筑波大学専任講師、経済産業研究所フェローを経て現職。著書に『日本のイノベーションのジレンマ 第2版 破壊的イノベーターになるための7つのステップ』(翔泳社)、『産学連携イノベーション―日本特許データによる実証分析』(関西学院大学出版会)など、監訳にロングセラーの『イノベーションのジレンマ』(翔泳社)、『イノベーションへの解』(翔泳社)などがある。
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