ヨシダ ナギさんコラム - 第1回
憧れのアフリカが本来の“人間らしい”生き方を教えてくれた
人生を楽しむためにはどんなことが必要なのでしょうか。私はもともとやりたいことや夢が明確にあったわけでもなく、備忘録としてアフリカの少数民族の写真を撮っていたことが仕事となり、今に至ります。日本より物質的に貧しく、不便な国で暮らしている彼らのほうが、日本人よりとても幸せそうで、人生を楽しんでいるように見える気がします。それはなぜなのでしょうか。まずは、私自身のこれまでのことを振り返りながら、少し考えてみようかと思います。
“マサイ族になりたい”という夢が打ち砕かれ、引きこもっていた10代
アフリカに憧れたのは、私が5歳のとき。たまたまテレビ番組でマサイ族を見て、すごくかっこいいと思ったことがきっかけです。当時、マサイ族を「仮面ライダー」や「セーラームーン」などのキャラのように考えていて、「将来はマサイ族になりたい」との夢を描いていました。でも、あるとき親から「あなたは日本人だから、マサイ族にはなれない」と言われます。そのとき、私の夢は打ち砕かれました。それから今日に至るまで、明確な夢は持たず、流れるままに生きてきた気がします。
私はもともと集団生活が苦手で、引っ込み思案。友達もあまり多いほうではありませんでした。10歳のとき、東京から千葉に引っ越していじめにもあいました。さらに、両親の離婚も重なって不登校に。こんな感じで、私の10代はまさに暗黒時代。家に引きこもり、20歳くらいまではネガティブなことばかり考えていました。
さすがに「このままではまずい」と思い、21歳になる直前に思い切って一人暮らしを始めたんです。もともと私は一人で何もできない人間でした。それまで掃除や洗濯もほとんどしたことがありません。そんな私でも思い切って一人暮らしを始めてみると、意外と楽しかったんですよね。一人暮らしの何気ない日常に、思わぬ発見があったりして……。また、そのころから「人生なんてしょせん死ぬまでの暇つぶしだから、好きなことをやって楽しむほうが得だ」と思うようになりました。それからは生きることが少し楽になりましたね。
アフリカの人たちが、人の温かさや繋がりを気づかせてくれた
私が初めてアフリカを旅したのは23歳のとき。少数民族の多いエチオピアに行きました。当時、英語はほとんど話せなかったのですが、一人暮らしをすることで自信を得た私は、なんとかなるだろうと思ったんです。実際、現地の人が言っていることは、なんとなく雰囲気でわかりました。その後、お金を貯めてはアフリカを定期的に訪れる生活を続けました。
当時は1回アフリカに行くと2週間、長いときでは2~3か月滞在していたのですが、宿泊施設には極力お金をかけず、ときにはキャンプをしたり、現地の人のお宅に滞在もさせていただきました。ただ、本当に危険なエリアには足を踏み入れなかったし、外を歩くときは必ず現地の人に付き添ってもらうようにしていました。だから、海外での怖い経験はほとんどしたことがないんです。
アフリカでは英語が通じない場所も多いですが、英語圏よりコミュニケーションは楽な気がします。英語圏では、英語を話せて当たり前といった感覚で現地の人から話しかけられるので、少し困惑してしまうことが多いのですが、アフリカではそんなことはありません。お互いの言葉を話せなくても、心が通じ合うという経験を何度もしました。
例えば、スーダンの田舎町でのこと。偶然出会ったおばあちゃんに、カタコトのアラビア語で自己紹介をしたことがあります。そしたらそのおばあちゃんがすごく喜んでくれて、それから私にたくさんのお話をしてくれましたが、アラビア語があまり理解できず、会話を続けることができません。でも、そのおばあちゃんは、やさしい顔で何か語りかけてくれました。そのとき、「私もあなたの国の言葉は話せないから同じだよ。でも、私はあなたのスーダンのお母さんだから」と言ってもらえたときは、心がとても温まったのを鮮明に覚えています。人の温かさがストレートに伝わってきましたね。
私がアフリカに惹かれる理由の一つは、そんな現地の人たちの人間性です。実は観光客を相手にする少数民族の人たちは、ビジネスライクなところもあります。最初はそれなりに歓迎してくれますが、写真を撮ったら「後はチップを置いて帰っていいよ」という感じでそっけなく対応されることもあります(そんな人たちとなんとか仲良くなっていくのが楽しいのですが)。でも、アフリカで普通に暮らしている人たちは素朴です。感情表現がストレートで、人間味にあふれ、愛情深い。私は初対面の人とはどう距離をはかっていいかわからず、すぐに仲良くなれないタイプですが、アフリカの人たちは自ら近づいてきてくれて、家族のように接してくれる。「人って本来、自然に仲良くなれる生き物だ」と感激したものです。
人間本来のパワーが湧き、生きている実感を持てるアフリカ
私がアフリカに惹かれるもう一つの理由が、心から「自分は生きている」と実感できることです。日本は豊かで安全な分、日常で劇的なことは起きないですよね。アフリカではトラブルや不便なことが多くあります。ホテルで電気が使えなかったり、水が出てこなかったりなんてことはしょっちゅうありました。些細なことでも人に伝えるには、身振り手振りで必死に表現しなくてはなりません。ぼんやり生きていると、命にすらかかわります。だから、動物としての本能が目覚めるのかもしれません。
私は本来、感情の起伏が少ない人間です。なるべくそのような状態でいたいとも思っています。でも、アフリカはそれを許してくれません。ときには、その理不尽な状況に怒りを感じることもあります。でも本来、人間ってそんな生き物だと思うんです。悲しむときは心の底から悲しみ、怒るときは本気で怒り、笑うときは腹の底から笑う。現代人はそんな人間本来のパワーや生き方がしづらくなっているかもしれません。
このような理由から私はアフリカを何度も訪れ、訪れる度にどんどんアフリカのことを好きになっていきました。最初のころはアフリカの魅力を理解してくれる人が身近にはいなかったのが、とてももどかしかったです。アフリカといえば、貧困や内戦といったマイナスのイメージしか持っていない人たちが多かったのです。
でも、現地で見たアフリカの人たちはめちゃくちゃかっこよくて、魅力的な人たちばかりです。それをわかってもらえないことが、すごく悔しい。アフリカの少数民族のかっこよさや魅力をもっとたくさんの人に知ってもらいたい。そんな気持ちから、アフリカで撮った写真をブログに載せるようになったんです。どうせならアフリカの人たちをかっこよく撮りたいと、自分なりに撮影方法も工夫しました。そんな写真が少しずつ注目されるようになり、やがてテレビ番組に出演したことをきっかけに本格的に写真家として活動するようになったんです。写真家という職業や仕事についての思いは、次回のコラムでさらに詳しくお伝えしたいと思います。
PROFILE
ヨシダ ナギ(ヨシダ ナギ)
フォトグラファー
1986年生まれ。独学で写真を学び、アフリカやアマゾンをはじめとする諸所の少数民族や、世界中のドラァグクイーンを撮影、発表。唯一無二の色彩と直感的な生き方が評価され、2017年日経ビジネス誌で「次代を創る100人」へ選出。同年、講談社出版文化賞 写真賞を受賞。以降、国内外での撮影やディレクションなどを多く手がける。
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