石黒 浩さんコラム - 第1回
自分そっくりなロボットが教えてくれたこと
私は「人と関わるロボット」という新規の研究分野を立ち上げ、自律ロボットや遠隔操作ロボットの研究に取り組んできました。現在はアバターを使い、誰もがいつでもどこでも自由に働ける社会の実現を目指す取り組みを進めています。いずれ、あらゆる技術と人間が共生し、実世界と仮想世界が結びついた形でさまざまな活動が行われるようになるでしょう。コラムの第1回では、そもそもなぜ私がロボット研究を始めたのか、また研究で何に気づいたのかについてお伝えします。
「人とは何か」という問いからロボット研究へ
ロボットの研究を始めたきっかけは、偶然といえば偶然です。私はもともとアートや絵が好きで、自分の内面を何かの形で表現したいと思うタイプの人間でした。でも、絵や美術だけで食べていくのは難しい。そこで、もう一つ興味があったコンピューターの勉強を始めることにしたのです。
コンピューターについて勉強していくうちに、人工知能に興味を抱きました。人工知能の勉強を進めると、「人間が身体を持っている」ことが重要なのだと気づきました。人間の身体や姿形にはどのような意味があるのか。ロボットやアンドロイドが考えるきっかけを与えてくれたのです。
かつてのロボット研究といえば、工場で使われるような産業用ロボットが中心でした。ただ、ロボットの技術は、産業だけでなくもっと幅広いシーンで使えるはずだと考えていました。そこで2000年頃から、アメリカやヨーロッパの研究者と「人と関わる人間らしいロボット」という新しい研究分野を立ち上げ、本格的な研究を始めたのです。
人と関わる人間らしいロボットを開発するには、人間そのものについて深く考える必要があり、ロボットの研究をすることで、人間に対する新たな発見が生まれ、理解が深まっていきました。私はロボットの研究を続けるうちに、「人とは何なのか」、「自分とは何なのか」といった問いに直面したのです。この問題意識は、私がアートに興味があった頃とまったく同じものです。そこで私は、一貫して「人とは何か」という問いを追求し続けていることに気がつきました。
自分を形成していたイメージのズレ
私は2000年頃から、皮膚をシリコンでつくり、姿形を人間に似せたアンドロイドの研究開発を始めました。そして、自分自身にそっくりな遠隔操作アンドロイド「ジェミノイド」が、世界的に注目されました。さらにその後、夏目漱石や渋沢栄一といった偉人にそっくりなロボットの製作も監修し、マスコミでよく取り上げられました。
私が人間にそっくりなロボットを作ろうと思ったのは、人が人の姿形にとても敏感なことに気づいたからです。ロボットのデザインを決めるときも、研究者の好みがぶつかり、なかなか決められないことがよくありました。人が姿形にこだわるのは、そこに何か大きな意味があるのだろう。そう考え、まずは人間とそっくりなロボットを作り、どのような反応をするかを調べようと思ったのです。
自分にそっくりなアンドロイドが完成したことで分かったのは、人間は自分の姿形を正しく認識できていないということです。周囲の人は、私の「ジェミノイド」を私にそっくりだと言いました。でも私は、その確信が持てなかった。なぜなら、そもそも自分の顔を一度も直接見たことがないからです。自分が普段、自分の顔として認識している顔は、基本的に鏡などを通したものです。その顔は左右逆転していますし、人間の顔は左右対称ではないので、鏡に映る顔と実際の顔とでは、大きくつくりが異なるのです。
声も同様のことが言えます。自分が自分の声だと認識している声は、頭のなかを響く音と混ざっています。他人が聞いている声とは異なります。私たちは自分の声も、正確に認識できないのです。このように人間は、自分自身を客観的に認識することができません。これが自分の顔であると思っていたものが実は違う。これは、実は非常に重要な事実です。人間にとっての自分の身体や容姿とはそもそも何なのか。そんな根源的な問いを、突きつけられるからです。
技術によって、人間の身体を制約から解放する
ロボットには遠隔操作ロボットと自律ロボットの二種類があり、私は両者の研究を進めてきました。遠隔操作ロボットとは、遠隔からの人間の指示によって動くロボットです。自律ロボットは、鉄腕アトムやドラえもんのように、自らの判断で主体的に動くロボットです。ただ明確に両者の線引きがあるわけではありません。
例えば、人間は車を運転したり、ピアノを演奏したりするとき、手足や視聴覚などをすべて意識的にコントロールしているわけではありません。これらの複雑な動作は、ほとんど無意識下の反応によって行われています。それと同じように、遠隔操作ロボットも細かな動作まで、直接操作する必要はありません。今後はAI技術などの発展により、遠隔操作ロボットも、操作者の意図を汲み取って自律的に行動する能力が高まり、自律ロボットに近い存在になっていくことが予想されます。
私は遠隔操作アンドロイド「ジェミノイド」の実験を通して、大きな発見をしました。「ジェミノイド」は、操作者がモニターを見ながら話をすると、その声をコンピューターが分析し、唇や頭、体を動かします。自分で動きを直接操作しているわけではありません。ただそれは、我々が体の動きを制御するとき、筋肉1本1本に指令を出していないのと同じです。
面白いのは、それにも関わらず、自分のしゃべりに対応して動くアンドロイドを見ていると、人はアンドロイドをあたかも自分の体のように感じるようになることです。アンドロイドを使って人と一定時間話をした後に、アンドロイドの体に誰かが触れると、操作者はまるで自分の体に触られたように感じることが分かったのです。
人は「腕を動かせ」という指令を脳が出すと、腕はこのように動くはずだとの予測を立てます。その予測と、視覚や触覚などの感覚器によって受け取る情報が一致する場合にのみ、それを自分の体として認識します。つまり、人間は頭で自分の体をシミュレーションし、その想像と一致している限り、自分の体だと受け入れるということです。猿を対象とした実験でも、猿が棒を使って餌をとるとき、棒の先端を自分の体として認識していることが、脳の反応から明らかになっています。手足を切断した人に、その後も手足の感覚が残っているのも、同じ原理です。
人間は、自分の思い通りに動く遠隔操作ロボットであっても、自分の体として認識することがあるということです。このことから人間の体は、テクノロジーによっていくらでも拡張できると言うことができます。人間を固有の身体性から解放し、空間などの制約を超えて活動できるようにするロボットの可能性が、大きく広がります。次回はまさに今、進めているこの取り組みについて、ご紹介します。
PROFILE
石黒 浩(イシグロ ヒロシ)
ロボット工学者、大阪大学教授
1963年滋賀県生まれ。ロボット工学者、大阪大学大学院基礎工学研究科システム創成専攻(栄誉教授)。ATR石黒浩特別研究所客員所長(ATRフェロー)、遠隔操作ロボットや知能ロボットの研究開発に従事。人間酷似型ロボット(アンドロイド)研究の第一人者。2011年大阪文化賞受賞、2015年文部科学大臣表彰受賞およびシェイク・ムハンマド・ビン・ラーシド・アール・マクトゥーム知識賞受賞。2020年立石賞受賞。哲学者の鷲田清一氏との共著『生きるってなんやろか?』のほか、『アンドロイドは人間になれるか』、『人間と機械のあいだ 心はどこにあるのか』、『ロボットと人間 人とは何か』など多数。
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