山口 周さんコラム - 第2回
企業経営は「意味づくり」へとシフトする
みなさん、こんにちは。山口周です。
第1回のコラムでは、先進国における文明化の終焉についてお話ししました。すでに多くの先進国では物質的に豊かな社会が実現し、それ以上の経済成長を望むのが難しい状況にあります。とりわけ世界で最も早く“便利・快適・安全”な社会を実現した日本は、その先の目指すべきビジョンを見失っています。
これからの時代、日本が得意としてきた“便利・快適・安全”を目指すモノづくりだけでは、社会は行き詰まり、企業の経営もさらに厳しくなるでしょう。今回は、具体例を絡めながら、今求められている企業やビジネスの形についてお話ししたいと思います。
“便利・快適・安全”から“情緒・ロマン・ストーリー”へ
現在、日本の家電メーカーは中国などの新興国に太刀打ちできず、業績不振が続いています。“便利・快適・安全”を目指す、日本のモノづくりの技術はコピーしやすく、すでにいろいろな業界でコモディティ化が進んでいます。そうなると先進国は、労働力の安い新興国に苦戦を強いられるでしょう。例えば、スマートフォンも部品さえ調達すれば、どこの国でも作ることができる時代です。自動車業界も同じ状況で、日本における2050年のカーボンニュートラルの流れや、中国のNEV(新エネルギー車)政策のように、各国でガソリン車への規制が進んで電気自動車の時代が本格的に到来すれば、あらゆる国の企業が自動車製造に参入していくのではないでしょうか。実際、中国のファーウェイは「自動車そのものは製造しない」と強調しているものの、自動車に関するシステムやソリューションの開発を加速させています。
文明化の終焉とともに「役に立つもの」を製造し、販売する企業はどんどん経営が厳しくなっていきます。「役に立つもの」の市場は価格競争が激しくなり、収益率が下がっていきます。そうなるとグローバル競争のなかで生き残れるのは、世間の支持を集めることに成功したごく一部の会社で、それ以外の会社は淘汰されていくでしょう。
「役に立つもの」での勝負が難しければ、企業は「意味があるもの」で勝負する方向へシフトするしかありません。ここでいう「意味」とは、“情緒・ロマン・ストーリー”などの数値化できない、人の感情や心に訴えかけるもののことです。例えば、高級車のような嗜好品を買う人は、“便利・快適・安全”より、“情緒・ロマン・ストーリー”を製品に求めているのです。
「意味があるもの」には購入する人や利用する人が精神的な価値を見出すので、尺度が人それぞれとなり、コモディティ化しません。方法によっては、付加価値をどこまでも高めることができます。先ほどの高級車を例にとって説明しましょう。2016年にフォルクスワーゲン傘下のブガッティから登場した「シロン」。その限定モデルとして2020年末より生産を始めた「レ・レジェンド・デュ・シエル」の価格は288万ユーロ(約3億6000万円)で、最高時速は420kmというまさしくハイパーカーになります。しかし、自動車走行が可能な地域では速度などの制限もあるため、なかなかにそのスペックを最大限発揮できないでしょう。ただ、そういった車を求める人は一定数必ずいて、彼らにとってはスペックよりも、所持していることやロマンを感じられる品であることに意味があります。このように「意味があるもの」の市場では、独自のポジションを築くチャンスが無数にあるということです。
「意味があるもののビジネス」の時代に、大企業は消滅するのか
「経済成長」という登山が終わった後の「高原」の社会では、精神的な豊かさ=意味がますます求められるようになります。「意味がある」世界は多様なので、これからは小さなサイズのビジネスがたくさん登場するでしょう。こうした話をすると、「大企業はこれからの時代は不要になり、消滅するのでしょうか」といった疑問を持つ人もいるかと思いますが、私は必ずしもそうはならない気がしています。
例えばアメリカの経済誌『フォーブス』が2020年に発表した世界長者番付では、1位がジェフ・ベゾス、2位がビル・ゲイツでした。ともに「役に立つ」世界の勝者となり、市場を総取りした会社の創業者です。ただ面白いのが、3位にLVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)の総帥、ベルナール・アルノーが入っていることです。パリを本拠地とするコングロマリット企業であるLVMH は、基本的に「役に立つもの」は作っていません。彼らは、ファッションや化粧品、香水、高級時計、お酒など「意味があるもの」でビジネスをしています。一つひとつのビジネスはそれほど大きくないものの、膨大な数の「意味があるもの」のビジネスを持つことで、巨大グループを形成しているのです。
「役に立つもの」と異なり、「意味があるもの」のビジネスは先の予測が難しく、成功するかどうかはやってみないと分かりません。流行や人々の意識の変化にも大きな影響を受けるため、一つのビジネスを大規模に行うのはリスクが大きい。そこでLVMHのようにたくさんのビジネスを組み合わせることでリスクヘッジをする戦略をとります。それによって思い切ったチャレンジができ、アントレプレナーやそこで働く人もより個性を発揮できます。大企業は決してなくなるのではなく、企業のあり方そのものが変わっていくのだと思います。
新しい「意味」をつくれる企業が生き残っていく
今後は、社会に新しい意味を提示できる企業やビジネスが発展します。そこでキーワードとなるのが「クリティカルビジネス」、日本語で意訳すると「問題提起型のビジネス」です。具体的には、従来の企業がとりこぼしてきた環境破壊や貧困格差の問題を根幹に据え、事業を通して社会に問題提起する。あるいは問題を解決するというより、今までにない遊びや文化的価値を社会に提案する、といったことです。
例えばパタゴニアのホームページでは、アパレルがいかに環境を破壊する産業であるかを、商品情報以上に力を入れて訴えており、この問題意識のもと、彼らはフェアトレードを含め、環境負荷の低い製品を製造・販売しています。テスラも世界の化石燃料への依存を終わらせ、サスティナブルエネルギーへの転換を加速するというビジョンを掲げて、ビジネスを通じて既存のガソリンエンジン産業や火力発電を批判しています。この2社に共通しているのは、ビジネスそのものが社会に対する提案になっているということです。
日本で同じことを最初にやったのが、おそらく無印良品でしょう。無印良品は大量生産・大量消費社会へのアンチテーゼとして、「わけあって、安い。」のコピーのもと素材のいいシンプルな商品を、簡易な包装で販売しました。また「人生に、野遊びを。」を掲げるスノーピークも、ビジネスを通じて反文明化に通じるライフスタイル、新しい遊びを提案しています。家電を製造販売するバルミューダも、単にモノを売るのではなく、ユニークでこだわりのある家電を通して、今までにない本質的な人生の豊かさや体験を提案しているといった意味で、極めて今日的な企業だと思います。
もはや経済成長が見込めない「平原」の社会では、本質的な人生の豊かさや体験価値を提供する企業が求められます。ミレニアル世代を中心に、クリティカルビジネスを志向する人が増えていますし、この流れはますます加速していくでしょう。「平原」の社会の希望は、そこにあるのではないかと思います。
PROFILE
山口 周(ヤマグチ シュウ)
独立研究者、著作家、パブリックスピーカー
1970年東京都生まれ。電通、ボストン コンサルティング グループ(BCG)などで戦略策定、文化政策、組織開発等に従事。著書に『ビジネスの未来』(プレジデント社)、『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)、『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社新書)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)など。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科修士課程修了。株式会社中川政七商店社外取締役、株式会社モバイルファクトリー社外取締役。
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