成田 悠輔さんコラム - 第2回
キャリアよりサウナ。キャリアにあまり興味がない私が考えるこれからの時代のキャリア論
グローバル競争の波に正面から乗るか、きっぱり降りるか
どのように自分のキャリアを築いていけばいいのか、私からみなさんに「こう生きるべきだ」という答えやアドバイスはありません。みんな好きなように生きればいいと思います。ただ、これからのキャリアの築き方みたいなものを考えると、ざっくりいくつかの方向性があるのではないかと感じています。
一つ目は欧米からアジアに重心が移っていくグローバル競争の波に思い切り乗る方向性。二つ目は今はまだ大きい、でも古びた日本経済を生かして日本の内側から大きな仕事や事業を創り出す方向性。三つ目は華麗なキャリアや経済的な豊かさを目指さず、地元の居酒屋おじさんやサウナおばさんみたいな感じで慎ましく幸せに生きていく方向性。重複も漏れもありまくる分類ですが(笑)。
まず、一つ目について言えば、単純に日本という枠と関係なく生きていくということですね。日本語や日本人同士のコミュニケーションや仕事文化のようなソフト面はほぼ無意味。英語や中国語で仕事をして、業務定義に直接関わるようなハードスキルや特定業務での経験や業績だけを大事にするという方向ですね。金融やIT、ものづくりのプロで国外脱出する人たちみたいな生き方がちょっとずつ広がり、他の業種にも浸透していく。今でも海外に住む日本人はどんどん増えてますし、日本国内でも評価の高い人から順番に外資系企業に移っていく、日系大企業はそのための予備校っぽくなる状態が色んな業界で生まれてるじゃないですか。その延長線上ですね。
ただ、ここで注意しなくてはいけないことは、「グローバル」の軸足が欧米からアジアに移ってきていること。これまでは欧米企業の日本支社で働いたり、欧米に移住して働いたりすることがグローバルっぽいエリートの典型的なイメージでした。でも今後は、上海や香港、シンガポールは言うまでもなく、インドネシアやベトナム、インドなどの東南アジアの国々に日本人が出稼ぎに出ることがごく普通になると思います。東南アジアが人口や経済の成長爆発の起点なので。大学や大学院もアジアに留学する人が多くなるでしょう。
一方で、国内で開拓できて大きな潜在性のある仕事や産業もあると思います。日本経済や大企業は何だかんだまだ巨大で、それが東京圏・日本語圏・20世紀っぽい仕事圏に閉じ込められている。それを効率化・デジタル化するっていうのは巨大な市場ですよね。だいぶ後ろ向きで、輝ける未来を開拓してる感じはゼロですが(笑)。ここ5年ほどで時価総額を伸ばしている国内のスタートアップを見ても、法務・労務・会計などのバックオフィスDXを支援するSaaSとか、運輸とか建築・土木をデジタル化するみたいな会社が多いですよね。他にもオンライン診療やAIを活用した教育など、古臭い業界を見れば見るほどたくさん巨大な課題が眠ってますね。そういった地味領域での起業は今後も有望でありつづけるんじゃないでしょうか。
さらに、日本の中小企業には地味で小さな分野の世界市場で巨大なシェアを持っている「グローバルニッチ企業」がたくさんあります。モーターとかガラスとかが典型です。従業員一人当たりとかで見るとすごい資産価値を持ってる企業群ですが、年を重ねて事業承継の壁に直面している会社も多いですよね。そういった業界の世代交代のために若い有能な人が入っていくことは、個人にとっても社会にとっても価値が高そうです。
イノベーションよりサウナ
最後の「ユルユルと日本でお茶碗一杯の幸せを生きていく」路線の背景には、何だかんだ日本は世界全体からみればまあまあいい国、という現実があります。
日本は生活のためのインフラや保障が手厚く、交通機関も時間に正確だし、物価も安くて清潔で安全なので、お金をかけなくても生活を楽しめますよね。数百円あればおいしい牛丼がサラダ付きで出てくるし、コンビニで缶チューハイを買って銭湯やサウナに行けば大体の不幸は忘れられます。私自身もそれくらいで幸せといえば幸せです。最低限の暮らしをしようと思えば、生活保護に毛が生えた感じの収入でもなんとかやっていけるでしょう。
劣等感さえ持たなければ、日本は貧乏でもそれなりに楽しい生活ができる国です。なので、コンビニと銭湯でフラフラして楽しく生きていくと、割り切ってしまうというのはアリだと思います。もちろん、割り切り方が中途半端だと、どうしてもコンプレックスや劣等感や後悔が生じてしまいます。よって、「自分にとって何が確保されていればとりあえずOKなのか」をしっかり見極めることが大事だと思います。
時代に取り残されることも面白い経験
私自身はキャリアを築くみたいなことは特に考えていなくて、色々なことに手を出してすべてが中途半端になって停滞している感じです。ごちゃごちゃした材料を闇鍋のようにかき混ぜて、どんな人生や仕事が生まれてくるのかをカオスエンジニアリングしているような気分です。そのために、ある仕事をやるかやらないかに関するルールをなるべく持たず、何でもランダムに、満遍なくやるようにしています。時間的にほとんどは断らざるを得ないんですが、ギャラ的なメリットが大きいものと搾取されるもの、自分が得意なものと苦手なもの、人から「すごい」と言われるものと風評被害・ブランド棄損が起きるだけのもの、「なんでこんなことやってるんですか」と言われる意味不明なもの。そんな相反する要素を化学反応させるというざっくりとした方針だけはあります。
こんなやり方をしている理由は好奇心と、飽きっぽさです。昔から、自分がやっていることに価値があるはずだと思いこむ力がめっぽう弱くて、何をやっていても「マジで何の価値もないな」という気がします。だから次から次へとやることを変えるしかない。
官庁やマスメディアなどが典型ですが、これまで価値があるはずだと思われていた組織や業界にいた人も、時代が急に変わって「自分がやってきたことや信じてきたものは無意味だったのではないか」と不安を抱えているかもしれません。ただ、時代に取り残されてしまうこともそれはそれで面白い経験じゃないかと思うんです。大企業に入って、何十年もかけてキャリアを築いていくって今やすごいリスクと不確実性の塊に身を晒しているようなものですよね。ちょっとした武士ですよ(笑)。半分は嫌味ですが、半分は本気でそう思ってます。私がいる研究者の世界もハイリスクローリターンで似たようなものですし。
PROFILE
成田 悠輔(ナリタ ユウスケ)
イェール大学助教授、半熟仮想株式会社代表
専門はデータ・アルゴリズム・ポエムを使ったビジネスと公共政策の想像とデザイン。ウェブビジネスから教育・医療政策まで幅広い社会課題解決に取り組み、多くの企業や自治体と共同研究・事業を行う。報道・討論・バラエティなどテレビをはじめさまざまなメディアの企画や出演にも関わる。東京大学卒業(大内兵衛賞受賞)、マサチューセッツ工科大学(MIT)にてPh.D.取得。一橋大学客員准教授、スタンフォード大学客員助教授、東京大学招聘研究員、独立行政法人経済産業研究所客員研究員などを兼歴任。内閣総理大臣賞、MITテクノロジーレビューInnovators Under 35 Japanほか多数受賞。著書に『22世紀の民主主義』など。
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