金 美齢さんコラム - 第1回
東日本大震災への義援金、200億円を超える
台湾には「日本精神」という言葉がある。台湾語で「リップンチェンシン」、自然発生的に出てきた言葉だ。1945年の敗戦で日本人が全て台湾から引き揚げた後、国民党政権の蒋介石軍隊が入って来た。そのときの兵隊のレベルの低さ、モラルの低さ、腐敗の様子を見て、台湾人は唖然とした。それ以前の50年の植民地統治で、日本人が台湾で行った数々の建設、モラルの高さを改めて思い知らされた。日本人の高慢な姿勢などに多少の批判はあったものの、総体的には、日本人の勤勉さ、台湾でのインフラの建設、台湾を何とか本土並みにしようという前向きな植民地経営をフェアに評価するようになった。戦後との比較がなければ、これほどはっきりと、台湾における日本人の建設的な姿勢を理解できなかっただろう。人間は比較しないと分からないことがあって、日本人が引き揚げて、中国人が入って来たときに、初めて中国式と日本精神といった対立した価値観、民族性をいやというほど思い知らされたのだ。「日本精神」は、日本人の倫理観などを総称的に表す言葉で、勤勉、向上心、信頼、約束を守る、公徳心、そういった日本人のもろもろの美徳を表している。片や中国式は、腐敗、縁故主義、横領、収賄、そういったもろもろの腐敗を表している言葉になる。
台湾人の日本に対する思いが徐々に表面に現れるようになったのは、1988年に台湾人である李登輝さんが総統になってからだ。その思いが一番端的で、分かりやすかったのが、東日本大震災の直後、台湾がすぐに救援隊を派遣しようとしたり、記録に残っているだけでも200億円以上の義援金が寄せられたり、と行動や数字の上ではっきり表れた。
記録に残っているお金は200億円とか250億円とか言われているが、記録に残らない民から民へという民間の支援がどれだけあるかは分からない。私のホームドクターは今は日本国籍を取っているが台湾出身者、震災直後に台湾中部の故郷に帰ったとき、1,600万円、親戚一同、友人一同が集めたと渡された。このお金を一刻も早く被災地に届けてほしい、必要な所に、と。あなたに全て任せる、とのことだったそうだ。これは私の知り合いの話だが、こういったケースは他にもあり、一番多かったのはこの1,600万円だ。
身近な人たちだけでなく、空港などで見知らぬ人からときどき声をかけられる。ライオンズクラブの台湾の姉妹クラブから500万円送ってきたとか、100万円送ってきたとか、それから東大阪の日本ねじ工業協会の人からは、台湾ねじ工業会から500万円送られてきて、被災地のねじ関係者で必要な人に届けて下さい、と言われた、と。そういう表の数値に現れない台湾の人たちの善意がどれだけ届けられたか、計算ができないような状況なのだ。
台湾の人口2,300万人、年収は日本の3分の1から、2分の1、そういうところからこれだけの巨額な義援金が届いたということは、台湾の人たちがどれだけ日本を愛しているかの証しであろう。
日本人によく訊かれるのが韓国との違い。韓国の場合植民地ではなく併合という形だが、朝鮮半島36年、台湾50年、同じような日本統治でありながら、台湾がこれだけの親日感情を持っているのに、韓国はずっと反日反日と言い続けている。この大きな差はどこからくるのか、という質問をよく受ける。韓国の事情にさほど詳しいわけではないが、民族性の違いだろうと考えている。
同じように統治して、同じようにインフラの建設をして、同じように本土並みにしていきたいという日本人の姿勢が、台湾では善意と受けとめられたが、韓国ではお節介、皇民教育、といった解釈となる。同じ物事でも見る角度によって違う。「群盲象をなでる」で、足をさすっている人、鼻をさすっている人、尾をさすっている人では象へのイメージは全く異なるわけで、全体をとらえるのは難しいものだ。台湾人は比較的素直、南の人間で能天気でもあり、物事を前向きにフェアにとらえるが、台湾の豊かな風土に比べると、寒く、緑が少ない朝鮮半島、その厳しい生活環境からは違う民族性が生まれるのだろう。また、朝鮮半島には嘗て李王朝が存在し、台湾は植民地の歴史で、植民地統治に対する抵抗が比較的少ないという見方もある。
それでも根本的には、台湾の人間は比較的前向きで、明るく、恨(ハン)といった恨み辛みという感情ではとらえないが、朝鮮半島ではどちらかと言うと恨の感情が強い。分かりやすく言うとそういうことになる。台湾の東日本大震災への義援金の大きさがこの感情を明確に示している。最初に述べた「日本精神」という言葉は、日本人のメンタリティ、日本人の倫理感、日本人の美徳に対する素直な評価ということになる。それでは、日本は台湾でどういうことをして、台湾の発展にどのような貢献があったのか、次回に述べたいと思う。
PROFILE
金 美齢(キン ビレイ)
評論家
1934年生まれ、台北出身。1959年来日、早稲田大学第一文学部英文科入学。
1971年早稲田大学大学院文学研究科博士課程単位修了。
多くの大学で講師を歴任、早稲田大学では20年以上英語教育に携わる。
テレビを始め、新聞・雑誌など各種メディアにおいて、家族・子育て・教育・社会・政治等、幅広い分野にわたって様々な提言を行っている。
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